金貸しのジレンマ
本当はその日のうちにオレークの引っ越し準備もするつもりであったのだが、雨降りと、精神的な疲労も重なって、ハルカたちはついのんびりと過ごしてしまった。
昼間に怠惰に過ごしてしまったせいか、夜に眠る気も起きなかったハルカは、ふらっと起きて、宿のロビーで雨が地面を叩く音を聞く。燭台の小さな炎は、焚火の火よりも頼りないが、ぼんやりとみているとなんとなく気持ちが落ち着いた。
元の世界で暮らしていた頃のことを思い出してみると、まだそんなに遅い時間ではないはずなのだが、この世界の人たちは眠るのが早い。この世界に来たばかりの頃は
電気がないだけで人の夜がこんなに早く、静かになるものなのかとハルカは驚いたものだった。
こんな風に元の世界のことを思い出すことも、随分と少なくなった。
今の姿にも生活にもすっかり慣れたし、忙しくしているせいで、余計なことを考える時間もあまりなかったのだ。
こうして一人で考えているのも、昨晩夢で自分と同じ姿をしたゼストを見て、それが何かを自分に伝えようとしていたせいなのだろう。
この世界に来て夢で接触するのは二度目。
いつだかなんとなく声が聞こえたようなこともあったので、あれをカウントするのであれば三度目だ。
偶然ではなく、間違いなくハルカに何かを伝えるために現れている。
その内容が知りたいような、知りたくないような、何とも言えずもやもやとした感覚のまま、ハルカはこうして一人まんじりともせず夜を過ごしていた。
ほとんど雨音しか聞こえてこない宿に、早足の足音が聞こえてきてハルカはそちらを向いた。
暗闇の奥から姿を現したのは、フォルテだった。
昼間も精力的に活動している癖に、宵っ張りのようだ。
ハルカがいることに気づいてちらりと視線を送ると、置いてあった水差しからコップに水を汲んで近寄ってくる。
「よろしいですか?」
「どうぞ」
空いている椅子を引いて、フォルテが腰を下ろしてコップの中身を半分ほど一気に飲み干した。
「眠れませんか」
「昼間にのんびりとし過ぎました」
「私には随分とお忙しそうに見えましたが」
流石に皆が休む時間だとわかっているからか、フォルテの声のトーンは落ち着いたものだった。こうなると昼間とは違って随分と穏やかな大人に見える。
「……フォルテさんは私たちが何をしているか把握しているのですか?」
なんとなく、ここ数日のことで神経がとがっているハルカは、いつもならば気にならないフォルテの言葉に敏感に反応する。
「おっと……、妙な探りを入れているわけではなく、街の噂を拾ったりしているだけですよ。先に断っておきますが、これも皆さんが話しているのを小耳にはさんでしまっただけなのですが……、ヨンさんたちは【竜の庭】に合流するのですか?」
これに関しては確かにロビーで仲間たちに伝えたので、そういう可能性もあるのだろう。
ただ、フォルテはクライアントではあるが、仲間ではない。
あまり信用して何でも話していい相手ではなかった。
「ええ、そういう運びに」
「……そうですか……、是非私の方で支援させていただきたかったのですが。そうなると、代わりに【竜の庭】へ資金提供などは……」
「それはお断りいたします」
「遺跡探索の部分だけでも」
「申し訳ありませんが」
それで調査内容を教えてくれなどと言ってこられては面倒すぎる。
「残念。しつこく言い募っても仕方がないですからな。また別の機会を探ると致しましょうか。ということで、さっそくではありますが、【竜の庭】でお困りなこととかはございませんか? 特にわたくし共でお力になれそうなことで」
「……現状、特には」
「なるほど、そうでしょうな。……できれば私も、もう少し【竜の庭】が大きくなる前に出会いたかったものです。前にもお話ししましたが、アヴァロス商会の主な仕事は金貸しだ。どうしたって信用を得るのは難しい」
フォルテは自虐的に笑いながら肩を竦めた。
「そういうつもりではありませんが……」
「いえ、分かっているのですよ。金を貸すというのはそういうものです。私としては人助けのつもりでいるのですが、貸した以上利子をつけて返してもらわねば商売にはなりません。自分の力をよく理解して借りる額を考えていただければ、利子がついたって身を滅ぼすことはないはずです。騙しているわけじゃあないのですから。それを測り間違えたものが、取り立てに来た私たちを魔物でも見るかのように罵るのですから、何とも因果な商売です」
「あなたの先代、先々代は結構酷かったですけどねぇ」
突然後ろから声が聞こえて、ハルカはびくりと肩を跳ねさせる。
ノクトがいつも通り寝転がって浮いたまま現れたので、音も何もなかったのだ。
そのまま水を取りに向かったノクトは、フォルテ同様コップを持ってハルカの座っているテーブルまでやってきて、障壁の上で座り直す。
「……いやはは、私は気を付けているつもりなのですがね」
「質の悪い冒険者達と組んで悪さをしていたのも知っていますよ。まぁ、確かに最近は随分とキレイ目な仕事にいそしんでいるようですが」
「お恥ずかしい。……ではハルカさん、私はこの辺りで失礼しますよ。もしこの街を離れる時は、声だけかけてもらえると助かります。では、おやすみなさい」
フォルテは逃げるようにそそくさとその場を立ち去っていく。
ノクトはその後ろ姿をじっと目で追いかけていたが、やがて姿が見えなくなると、ハルカに向かって笑いかける。
「ちょっとはしっかりしてきたようですが、商人と一人でやり合うには頼りないですねぇ。同情してたでしょう?」
「ええ、まぁ……」
「それもハルカさんの良いところではありますが。力を持つとあれこれ集まってきて大変ですよねぇ……」
自らも経験があるのか、ノクトはしみじみと言ってコップを少しだけ傾けた。
「師匠も眠れなかったのですか?」
「なんとなく雨の音が気になって。ハルカさんは考え事ですか?」
「ええ、少し。…………そういえば、師匠はゼスト様とお話ししたことがあるのですよね?」
「おや、よく覚えていましたね。はい、ありますよぉ」
「実は昨日、ゼスト様が出てくる夢を見ました。多分、ただの夢ではないと思うのです。はっきりと夢で姿を見るのはこれで二度目になります」
「夢、ですか……」
ノクトは口元に手を当てて、こてんと可愛らしく首をかしげてみせた。
老人には見えない可愛らしい容姿にはよく似合う動作だが、様々お見通しであるノクトにしては珍しく、話の先を読めていなさそうな様子であった。