小休止
何とか話が丸く収まった。
それなりに頑張って、良い着地をさせることができたとハルカは自画自賛する。
少しゆっくりさせてもらおうかと、握っていた手を離そうとすると、その手はがっしりと掴まれたままだった。
ヨンの表情は先ほどまでの大人らしい落ち着いたものから、目をキラキラと輝かせた子供じみたものに戻ってしまっている。完全にハルカの口から語られるであろう、外には漏らしにくい話について期待をしている目であった。
「……とりあえずこの街ですべきことを片付けませんか? 遺跡のことで手続きとか、引っ越しの準備とかあるでしょう」
「いや、確かにそれはあるけどさ!」
「片付けるぞ」
むんず、とジーグムンドがヨンの襟首をつかんで持ち上げる。
体を持ち上げられたヨンは「わかったわかった、ちゃんとやるって」と言ったが、ジーグムンドは放すつもりはないようだ。
「……これからよろしく頼む」
ジーグムンドは改めてハルカたちにそれだけ言って、扉をくぐるように屈んで部屋から出て行った。ぱたり、と扉が閉められたところで、ハルカはベッドへ戻って座り、上半身を前傾させて深く長いため息を吐いた。
うまくできたか。
これが悪い方へ進まないか。
つい先日の【毒剣】のことがあったせいで、余計に不安は募るばかりだ。
「良かったんじゃないかなー。なーんか緊張したね」
ばたん、とベッドに仰向けに倒れ込みながらコリンも息を吐く。
「コリンも緊張しましたか?」
「そりゃそうだよ。これから一緒にやってくわけだしさ」
「でもあいつら面白いからいいだろ」
「アルはそれでいいけど、私とかハルカみたいな繊細な人は色々考えるのー」
コリンは脱力したままゴロゴロとベッドの上を転がる。
「遺物に関しても、結構気になるです。さっき広げてた武器、ちゃんと魔素が宿っているのあったですよ」
「へぇ、やっぱそうなのか」
「南方大陸で会った【雷鳥のきまぐれ】のトルスさん、覚えてます?」
ぐるっとレジーナが首を回してハルカの方を見た。
格下相手に手傷を負ったことを思い出したのか、表情は険しい。
【雷剣】と呼ばれる傭兵で、武器が触れ合うだけで相手の体を一瞬麻痺させる力を持つ、遺物の剣を使っていた。
「彼の持っている剣も遺物でしたね。それにオオロウさんがレジーナに譲ってくれた〈アラスネ〉も。ああいった武器の力は、確かに勝敗を左右することがあるのだと思います。そう考えてみると、ヨンさんたちが警戒する理由もよくわかりますね」
「敵が持ってるよりは、手元にある方が安心、ってね。ハルカも結構慎重にやってくれたけどさ、結局仲間にできたのは正解だったんじゃないかなーって今は思うよ」
「私もそうあって欲しいと願っています」
今回の件といい、神様の夢の件といい、ギドの件といい、ちょっと顔を出しに来ただけのはずだったのに、随分と忙しい遠征になってしまった。こうなってくるとそろそろ拠点に帰りたくなってくる。
さてもうひと踏ん張り、と思ってハルカが顔を上げると、目の前の床にモンタナが座り、ハルカの顔をじっと見つめていた。
「疲れたです?」
「……やはり色々と大変だなと、今回のことでまた随分と思い知りました」
「それだけです?」
「……ああ、いえ、それだけじゃないんですよ。聞いてもらえますか?」
ぽろりと語り出すことができたことに、ハルカは自分でも少し驚いていた。
仲間たちと一緒にいると、随分と気が抜けてそれだけで本当に随分と楽な気持ちになる。
「なんです?」
正面から尋ねてくれたモンタナだけでなく、コリンもアルベルトも、それにレジーナまでもが窓際から離れてベッドの端に腰かけてハルカの話に耳を傾ける。
それだけで割と話さなくたっていいくらいに気持ちは軽くなっていたが、折角だからとハルカは続きを話した。
「たまに夢を見る話しってしましたっけ?」
「あー、普段あまり見ないんだっけ? 前は……、ゼスト様っぽい人が出てきたって言ってたよね」
「はい。今回もそうでした。何か身振り手振りで色々と伝えようとしてくれていたように見えたんですが、前と同じく光が現れて、そこからオラクル様なのかなって方が現れたんです。少し背の小さな、エルフのような容姿をしていました」
「へぇええ、なんか不思議だよね、その夢」
「はい。それで最後に、実は普通に喋れたことが分かったんですよね。だから急いで、質問をしてみたのですが、すぐに夢から覚めてしまって……」
「何もわからずじまい、と」
「はい」
コリンが「うーん」と考えている間に、アルベルトがレジーナと入れ替わるように窓際へ空を眺めに行って口を開く。
「なんか普通の夢みたいにも聞こえるけどな。俺も夢で見たこともないようなすっげーでかい巨人に勝ったりするぜ」
「でも、ハルカは普段夢見ないです」
「前にこいつが夢見てた時、魔素が乱れてた」
「そですね」
アルベルトの何でもないんじゃないかって意見に対して、魔素が見える二人は、明らかにハルカの魔素状態に異変があることに気が付いている。
結論としては何もわからないのだが、ただ事ではない、ということだけは確かなようであった。





