ヨンの出生
「どっから話せばいいんだかなぁ……」
ヨンは椅子の上に胡坐をかいて腕を組み、うーんと唸りながら天井を見上げた。
それから、「そうだ」と言って、懐から魔素砲を取り出して、テーブルの上に乗せる。
「これ、昔父親から貰った話はしただろ?」
「はい」
ハルカにとっては見慣れた武器だが、多分この世界の多くの人にとっては、変わった金属の塊にしか見えないのがこの魔素砲だ。ハルカの知っているものは、コボルトしか使えないように調整されている。
ただ、おかしなことにヨンはこの魔素砲を、きちんと武器として携帯している。
今のところ使用しているところは見たことがないが、きちんと機能するように改造されているのだろう。
「俺の父親はさ、多分結構優秀な冒険者だったんだよな。南方大陸にある【ロギュルカニス】って国を飛び出して、わざわざ北方大陸で冒険者してたんだ。遺跡探索が好きで、色んな遺物を見つけてきてた。半分くらいは地上で、半分くらいは遺跡に潜ってたっぽい。んで遺物をさ、色々持って帰ってきて調べてたんだよ。これもその一つな、使い方わかんねぇけど」
「使い方が分からないです? 武器として構えてたですけど?」
違和感を覚えたモンタナが突っ込みを入れる。
流石鍛冶師の息子だけあって、武器に対する反応が早い。
「ああ、これな。機構的にはこれを引くと、前の穴から何かが出てくるんだと思うんだよな。でもなーんも出てこねぇんだよ。だから玩具として父親が俺にくれたわけ」
「じゃあなんで構えてたですか」
「そりゃあ……。…………まぁ、いいか。俺は魔法使いなんだよ。俺にとってこれは杖みたいなもんってこと」
なるほど、どうやら改造して使えるようになっているわけではないらしい。
ハルカはその事実に少しだけほっとした。
「あー……、お前らさ、二十年くらい前にあった、特級冒険者ゼロイドの討伐事件知ってるか? 〈アシュドゥル〉と〈プレイヌ〉の間くらいにある村で起こった事件なんだけど……、知らないよな。生まれてないもんな」
ハルカは当然知るはずもなく、仲間の方を見る。
するとアルベルトがおもむろに口を開いた。
「クダンさんが討伐した奴だろ。詳しいことは知らねぇけど」
「お前、見た目に似合わず結構詳しいなぁ……」
冒険者活動に憧れのあるアルベルトは、冒険者の活動に関することだけは色々と詳しい。おそらくアルベルトの父親である、ドレッドから聞かされているのだろう。
「なんだてめぇ、喧嘩売ってんのか?」
「褒めてるんだよ」
話しているうちにだんだんとヨンのテンションが下がってきているのは、見ていても分かった。話すことを迷っているのか、しばらく黙りこくった後、深いため息を吐いてまた口を開く。
「……俺が七歳の時のことだから、今から二十三年前か? 俺はその時プレイヌに住んでたんだ。結構立派な家でさ、俺は三人兄弟の末っ子だった。兄たちはもう父親の仕事を手伝ってたよ。その日も父親から冒険の話を聞かされてたんだけど、突然知らないやつらが乗り込んできた。って言っても、俺は父親に床下に突っ込まれて震えてただけだけど」
突然嫌な話が始まって、ハルカは表情を曇らせる。
ジーグムンドはすでに知っていたのかいつもと変わらない、むすっとした表情に見える。
「床下なんかにいても、優秀な冒険者にはばれるよな。上が静かになって、足音が近づいてきた。父親が俺のことだけは見逃してくれって言ったんだ。そうじゃないと協力しないって。で、朝まで震えてた俺は、父親の友人に発見された。床下から出された時、俺は抱きしめられたまま、家の中を見ることなく外に連れ出された。あとから聞かされたけど、母親も兄たちもみんな殺されてたってさ。それから何年か、俺はその人に保護されて旅して過ごした。討伐された特級冒険者のゼロイドって奴が、俺の父親が集めてた遺物を多数所持してたって聞いたのは、十三の時だ。父親は見つからなかった。俺を保護してくれた冒険者の助手をして生きてっても良かったんだけど、それを聞いて、俺も冒険者になろうって思った」
「普通……、逆じゃない? 遺跡にはもう関わりたくないとか思わなかったの?」
コリンが控えめに尋ねると、ヨンが笑う。
「……父親がさ、楽しそうに遺跡のこと話してたんだ。物騒な遺物もどんな奴が使ってたんだろうな、なんて言ってさ。楽しかったんだよな。それに、父親が見てた景色が見たかった。だからさ、これもどこから見つかったのかが知りたいんだよなぁ……、秘密って言われて教えてもらってないし」
そう言いながらヨンは魔素砲を胸元に仕舞い込む。
「今回は危なそうな武器の遺物が見つかりすぎた。最悪世話になってた冒険者の人を頼ってもいいんだけど、あの人はあの人で、今世話になってる場所がある。一応権力と繋がってるから、そこに利用されるのもちょっとな」
「ちなみにそれはどちらにいらっしゃるんですか?」
「あー、今多分王国のデルマン侯爵領にいる。ジルさんって特級冒険者なんだけど」
「あー…………」
ハルカたちがそれぞれデルマン侯爵やジルのことを思い浮かべながら、確かに難しいかと納得する。
「何、知ってんの?」
「ええ、まぁ。あそこの侯爵は確かに野心家ですね……」
強力な遺物なんかが大量に手元にあるとわかれば、下手したらどこかで王国に反旗を翻しかねない。ジルがきちんと管理しそうなものだが、いつどこで争いが発生しないとも限らない。
「わざと貧乏で大したものなさそうに見える小屋に住んでたのもそれが理由だ。一応仲間たちにはそれとなく伝えてるけど、詳しいことまでは話してない。あいつらは遺跡探索が大好きなだけの気の良い奴らってのは俺が保証する。一応、俺は腹を割って話したつもりだけど……どうだよ?」
ヨンがハルカのことを侮っていたのは確かなのだが、どうやらハルカの所に世話になりたいという気持ちは本当のようである。
ハルカは仲間たちと視線を交わし、イヤーカフを指先で撫でつつ、さてどうしたものかと考えるのであった。





