小人のじたばた
全員が肌着で背中をあぶっている光景は、とても高級な宿とは思えなかったが、貸し切りにしているフォルテの金払いがいいお陰で宿の人たちはまるで気にした様子がなかった。
タオルをたくさん用意してくれて、好きなだけ自由にやってくださいといった具合だ。
「俺さぁ、もうここに住むわ」
悲壮な表情を浮かべながら宣言をするヨン。
雨漏りだらけの傾いた自拠点と比べて、悲しくなってしまったらしい。
「ここ高いよー」
「いくらだよ」
コリンがぼそりと一泊の値段を教えてやると、ヨンはしなしなといつにもまして小さくなってしまった。
どうやら継続して払えるような値段じゃなかったらしい。
「お前らさぁ、金持ちだよなぁ……。俺たちももうちょっと活動資金とか手に入ればいいんだけど……」
「フォルテさんの申し出受ければいいじゃん」
「しーっ、あいつの名前出すなよ! 突然出てくるかもしれないだろ!」
今は外出しているのでいないのだが、どうやらヨンはすっかりあの押しの強い商人に苦手意識を持ってしまったらしい。
「発掘したもの売れよ。それとか」
アルベルトがジーグムンドの抱えてきた大荷物を指さす。
「おま、そんな簡単に売るとか言うなよ! 大事な資料なんだぞ!」
ヨンはアルベルトから守るように、ひしとそれに抱き着いて反対する。
「いらないものは売った方がいい」
「うん」
「……私も、そう思う」
「ヨンが必要ないがらくたを売るのも躊躇うからこんなにお金がないんじゃないか」
しかし仲間たちは冷静だった。
本来はヨンたちくらいの規模になれば、もう少し裕福に暮らしているものである。
それができないのは、一応遺跡に関して最も知識があり、執着があるサブリーダー的ポジションのヨンが渋っているからだ。
「……前回会った時は露店で売ってたです」
「あの時は本当に明日食うものもなくて仕方なくだなぁ! 俺だって不本意なんだよ!」
確かに前に〈アシュドゥル〉で会った時は、露店で男と売った売らないの話で喧嘩をしていた。そこまで困窮していてもあんな感じということは、彼らが貧乏である主な原因はヨンにあるのだろう。
「結局ほとんど売れなかったし」
「ヨンが高く売るから任せろって言うから任せたのに」
「……いつも金欠」
「お、俺のせいかよ! だってお前、苦労して持って帰ってきた資料だぞ! なんもわかんないような奴の所に渡したくないだろ!」
「だから、それならフォルテさんの世話になったらいいじゃんって」
「あいつはなんか嫌だ!」
「わがままだなー」
ヨンがじたばたと騒いでいるが、ハルカたちもジーグムンドたちも慣れてしまっていてあまり気にしていない。
ソファに戻ったコリンも、頬杖を突きながら笑ってみているだけだ。
ジーグムンドよりも年上と分かっていても、ヨンが暴れている姿は子供のようにしか見えないのでたいして気にならないのだ。
「……うるせぇ!」
「……ごめん」
ただし中には一人、雨で外に出られないことにイラついている者がいた。
レジーナが歩いてきて胸ぐらをつかんで持ち上げながら怒ると、ヨンは目を丸くして謝罪した。
今回は自分がうるさい自覚はあったようだ。
ポイっと投げ捨てられると、ヨンはそのまま床に寝転がり丸くなる。
「……どっかの金持ちの宿とかが、俺たちに投資してくれたらなぁ。ついでに拠点の辺りにちょっと穴掘らせてくれたらいいのになぁ。そうしたら、もっと発掘とかが色々捗るんだけどなぁ。あと竜の背中に乗せて色んな遺跡連れてってほしいし、真竜とかいうのも見てみたいしなぁ。すげぇ有意義だとおもうんだけどなぁ。あーあ、どっかにそんな金持ちの宿ないかなぁ」
あからさまに催促をしながら、ちらちらとハルカの方を見るヨン。
こちらもギドとは別の意味で、ハルカが甘いことに気づいているようである。
「情けないからやめろ」
しかし、顔面にぼすりとジーグムンドの手のひらを乗せられて沈黙する。
正確には鼻と口が塞がれてじたばたしているが、ジーグムンドは押さえつける手をどけるつもりはないようだ。
「そういえば、【毒剣】の件を中で聞いたが、今はどうなってる。何か問題があるなら俺も手を貸す。オレークには申し訳ないことをした」
ジーグムンドが難しい顔をしてハルカに申し入れる。
どうやら事情はまだ知らないらしい。
「お気遣いありがとうございます。……でも【毒剣】のギドと他二名の主要人物はもう街に戻りません。彼らの拠点も【毒剣】自体ももうなくなりましたから」
「……なくなった?」
「はい」
「…………そうか」
ジーグムンドはしばしハルカの表情を見て、そのあまり芳しくない様子を確認して事情を察した。片手はしっかりとヨンの顔を押さえたままで、いよいよ苦しくなってきたヨンが、ジーグムンドの腕をバチバチと叩いたところで、ようやく拘束が解かれた。
「しぬ! しぬ! 馬鹿、お前、死ぬだろ! 馬鹿力! あほ!」
「馬鹿なことを言うからだ」
掴みかかってきたヨンにも、ジーグムンドは悪びれもなく言い返す。
実際ヨンが悪いと思っている仲間たちも、誰もヨンのことを庇わずに揃って頷いた。
「……ヨンさん、この街の遺跡探索はまだ続けるのですよね?」
「え? ああ、まぁ、続けたいんだけどなぁ。拠点があんなだし、今回手に入れたものが価値がありそうだから、もうちょっとちゃんとしたところに引っ越したいんだよ。でも金がないし、あの拠点改造しようにも、流石にもう限界っぽいしなぁ……」
コリンやエリがすっと目を逸らす。
あのぼろ小屋にとどめを刺したのは間違いなくエリの火球とレジーナの破壊であるし、その作戦を立てたのはコリンであった。
レジーナだけは堂々と腕を組んだまま外を睨んでいるのは流石である。
「拠点の件は申し訳なく思いますし、〈オランズ〉に来るというのであれば、街にある方の拠点に一時的に住まってもらうことくらいはできるのですが……。流石にこの街に新しい拠点を用意するとなると……」
「お、いいの?」
「はい?」
「じゃ、引っ越すわ。よし、引き揚げてきたものまとめて、しばらくハルカのとこの世話になろうぜ。っていうか街の拠点ってなんだよ! 拠点が二個あるとかマジで金持ちじゃん! すっげー、羨ましい!」
「え? あの、ここ調べるのでは……?」
「いや、しばらくしたらまた食べる飯にも困るくらい金がなかったから助かったー。ありがとな!」
「……ヨン」
勝手にどんどん話を進めるヨンをたしなめるようにジーグムンドがその名を呼ぶ。
「何だよ、あっちから言ったんだぞ」
「……ちゃんと説明してちゃんと頼め」
悪びれないヨンに対してジーグムンドがじろりと目を向ける。
ぬっと伸びてきた先ほどの窒息間際の苦しさを思い出したのか、ヨンはその腕を払って慌てて起き上がり、「わ、分かった、分かったって」と言いながら、きちんとハルカに向かって座り直すのだった。





