臆病者が見る世界
廊下を案内されて歩いている途中に、アルベルトが唐突に口を開く。
「お前さぁ……、武闘祭出てただろ」
肩をびくりとさせて振り返ったカイトは、口をぽかんと開けてアルベルトをまじまじと見た。
それからチラリとレジーナを見てブンブンと首を横に振った。
「……で、で、でてません」
「嘘です」
「出てました!」
モンタナに否定された瞬間、直立不動になり直前の嘘を否定する。
最初から嘘などつかねばいい話なのだが、なぜだかレジーナがやたらと怖いようだ。
「ふーん、こんな感じだけど強いってこと……?」
「いや、ほら、一人いただろ。レジーナとジーグムンドの戦いに巻き込まれないで決勝に残っちゃったやつ。確か決勝でもイースがいなくなったせいで二回戦まで進んでんだよな」
「あーあ、あの時の……」
結構真剣に見ていたので、ハルカもコリンも当時のことを思い出して納得。
言われてみれば面影はある気がする。
カイトもまた、当時は少年であったが、四年もたてば背も高くなって立派な青年だ。相変わらず臆病であるようだが、当時のことからも運が悪いのやら良いのやら微妙な人物である。
「すみません、ホント僕なんかが……」
「いや、別に怒ってねぇけど。俺も決勝出てたんだよな。覚えてるか?」
「周り見てる余裕ありませんでした、すみません」
「でもレジーナのことは覚えてるんだな」
「こ、怖かったので……」
「あ?」
「ごめんなさい!!」
今日一番の謝罪の言葉に、鋭く頭を下げる動作。
「なんだこいつ」
レジーナは敵対の意思がほんの僅かにでも見当たらないカイトを見て、気味悪そうにぼやいた。
「なんでお前こんな所に勤めてんだよ。冒険者でもしてたのか?」
「あ、はい……。一応当時から冒険者だったんです。地元の知り合いに度胸試しだって言われて無理やり武闘祭参加させられて……、決勝に残ってしまったばかりに五級冒険者にされてしまいまして……」
「へー、いいじゃん」
「その後も色々なことに巻き込まれて、いつの間にか三級冒険者となりこの街に……。元の街では嫌がらせもありましたし、知り合いがいない街でゆっくり暮らそうと考えていたところ、ギルド職員の応募を見つけたんです。これならと思って応募をしたら、なぜかこんなことに……」
幸薄そうな青年である。
イーストンは幸薄そうでも涼やかな雰囲気があるのだが、カイトの方は幸が薄くてじめじめしている。
「……あの、嫌だったらちゃんと言った方がいいですよ?」
昔会社を辞めていってしまった若い子を思い出したハルカが、そっと忠告をすると、カイトは「はは、ありがとうございます……」と今度は乾いた笑いを零した。
「でも、デビスさんはなぜか僕のことを評価してくれるんです。その、書類整理とかちゃんとやると喜んでくれて……。これまでありえない実力の期待をされたことはあっても、真面目にやった仕事で評価されたことはなかったので、ちょっと嬉しいんです。なので、頑張ってみようかなと……」
「そうですか……。まぁ、その、あまり無理はなさらずに」
いかにもやりがい搾取されそうで心配な物言いだ。
「ありがとうございます。酷い迷惑をおかけした僕にそんなことを言ってくださるなんて……、あなたは優しい方ですね」
今回やったことや先ほどの態度からすれば、どう考えても優しくないように思えるだろうに、臆病なカイトが意外なことを言ってくる。
廊下をゆっくりと歩き出しながらカイトは続ける。
「僕は一部の冒険者の性質の悪さを知っています。散々嫌がらせされて、殴られないために笑って言うことを聞く期間も長かったですから……。いざという時に見捨てられたことだってあります。幸い今も生きてますけど。それを思うと、友人のために怒ることのできるあなたは、きっと優しい方なのだと思うんですよ……」
ぽつりぽつりとなんとなく言っただけの言葉なのだろうが、今のハルカにはなんとなく刺さる言葉だった。仲間たちもなんか妙な奴だなと思いつつ、顔を見合わせる。
しんと静まり返ってしまったせいか、カイトは数歩進むと引きつった表情で振り返った。
「あ、あの、な、生意気を言って、す、すみませんでした。ごめんなさい、二度とあなた方の前で喋らないので許してください……」
「あ、いえ、とんでもないです。そんな風に評価してくださって、その、ありがとうございます……」
カイトとハルカのぎこちない会話に続いて、コリンとアルベルトが左右から挟み込むようにしてカイトの肩をポンと叩く。
「なな、な、なんでしょうか!?」
「いいね」
「こいつ連れて帰ろうぜ」
「良いと思うです。書類仕事もできそうです」
「おどおどしててうぜぇ」
「ごめんなさい!」
やらかしはあったが、あれは無茶な仕事を任せたデビスの責が大きい。
臆病ではあるが本質をしっかり見ることができているようだし、何より実直そうだ。モンタナが賛成していることから分かるように、別にご機嫌伺いでも何でもなく、ぽろぽろと本音を零していただけなのだろう。
ただしレジーナは気にくわないようだが。
「いえ、あの、多分カイトさんがデビスさんに怒られるので、それはちょっと」
「あー、確かにね……」
「まぁ、でも俺は気に入った。お前なんか困ったことがあれば手紙とか寄こせよな。暇だったら手を貸してやるから」
「え、い、いえそんな」
アルベルトが肩を組んで歩き出すが、カイトは恐縮して断ろうとしている。
遠慮しているのか本当にかかわりたくないのか微妙なところだ。
「な!」
「はい! すみません、お願いします!」
駄目押しにあっさりと押し切られたカイトは、姿勢正しくアルベルトの厚意の押し付けを受け入れるのであった。
漫画更新されてますよー
そしてRenta!マンガ大賞の投票そろそろ締め切りでございますよー!
漫画版『私の心はおじさんである』どうぞよろしくお願いいたします。





