夢への割り込み
目を開けると夜空が前面に広がっていた。
落下している。
そんな感覚に気づいてその場にすぐ静止できたのは、ハルカが飛び慣れた証拠だろう。
珍しくぼんやりとした意識からの急な覚醒。
いつか見たような景色。
大の字で真上を向いていた身体を縦にして周囲を探ると、急にぽん、と肩を叩かれて体を跳ねさせる。つい先ほどまでいなかったはずの人が、目の前で胡坐をかいた姿勢のまま浮いていた。
「ゼスト様……」
ハルカと同じ顔で、ハルカよりも明るく柔軟に変わる表情。
首を前後に動かして嬉しそうだ。
夢だ。
いつかも見た夢だ。
相変わらず良く手や表情を動かして何かを伝えようとしているのは分かるのだが、どうにもそれが受け取れない。
『おっかしいなぁ』とでもいうかのように首を傾げながら、腕を組んでしばし考えた彼女は、急に何かを思いついたような顔をして、指先である一点を示した。
ハルカはその先をじっと見つめる。
しかし見えるのは雲だけで、それ以外の何も見当たらない。
「あの、何も見えません……」
ハルカが言うと、彼女は手を目元にやって指で自分の目を大きく開く。
よく見ろということなのかと、再びじーっと見ていると、やがて景色が段々と拡大されていき、やがて山脈が見えてきた。
「……大竜峰でしょうか」
彼女はこくこくと頷くと、立ち上がって右腕を背中の方にやってぱっかりと口を開いて妙な動きをする。
幼稚園児の学芸会のようなそれをしばらく見てからハルカはぽつりと「ヴァッツェゲラルド様、ですか?」と尋ねると、これまた彼女は嬉しそうに笑った。
大竜峰を指さし、それからハルカを指さし、けたけたと笑っているようだ。
なんだかわからないけど、愉快な性格をしているようである。
しばらくそんなやり取りを繰り返して、グルドブルディンやラーヴァセルヴの物まねも見せてくれた彼女は、やがて大きく息を吸って吐いて、ぽんぽんと慰めるように再度ハルカの肩を叩いた。
そこで床がガラガラと崩れ始めて、光の柱のようなものが現れる。
振り返った彼女はため息を吐いて、光の柱に言った。
『時間短いってー』
『仕方ないでしょう』
声が聞こえ、そしてもう一つ、少し高い透き通った声が聞こえてくる。
ここが相手の音が聞こえない空間だとばかり思っていたハルカは、思わず声を上げた。
「え?」
『え?』
彼女もまた驚いたようにハルカを見る。
『話せたの?』
『あなたが手伝えというので頑張りました』
『最初……よ……、……っと…………じゃん』
音がノイズとなって掻き消え、彼女の姿が足元からゆっくりと消えていく。
光の柱から現れたエルフのような見た目の女性が、にこやかに微笑んでそれを見守っている。こちらも徐々に姿が薄くなっているようであった。
「あの、私は何のためにこの世界に来たのでしょうか!」
ハルカが思い切って声をあげるが、すでにハルカと同じ姿をした彼女も、光の柱から出てきた女性の声もよく聞こえない。
『………に、……………ろ。………ど、…………いか?』
何かを尋ねられているようであったけど、とても聞き取ることはできない。
二人は消える間際も楽しそうであった。
何らかの事情であの二人はハルカと接触しにくい事情があるのだろうが、あの様子だと、それも切羽詰まったものではないようにも思えた。
もう少し話がしたかった。
そんな風に思った直後、ハルカの意識が切り替わり、ぱちり、と目が覚めた。
窓の外は明るく、もう人々が活動する時間となっていそうだ。
ゆっくりと体を起こす。
疲れは残っていない。
もはやハルカは、あれをただの夢とは思っていない。
しかし、どうしたら再び会えるのかもわからなかった。
なにかがあの二人を呼び出すためのトリガーとなったのか、それともあちらの都合で接触してきているのか、結局分からずじまいだ。
しばしそのままぼーっと考えに耽っていると、部屋のドアがノックされて「ハルカー? 起きてるー?」とコリンの声が聞こえてくる。
夢のことは気になるが、今日もやるべきことがある。
ハルカはベッドから足を下ろすと「はい、今行きます」と返事をして立ち上がった。
朝食をとってから冒険者ギルドへ向かう。
何がどうなっているかの確認をする必要があるからだ。
今日は早い時間だからか、ノクトも目を覚ましており、「たまには散歩でもしますかねぇ」と言って、地面をぽてぽてと歩いている。
おかげで進む速度はのんびりだが、その分しっかりと街の人の反応を見ることができた。
怖がって避ける人がいる一方で、オレークの件も広まっているのか、一部はあえて挨拶をしてくれるような者もいた。熱心に通ってくれたりしていた客が攫われて、それを救ったのがハルカたちなのだ。
普通に挨拶を返せば、空気が弛緩して周囲の人たちからもぽつりぽつりと声がかかる。
ノクトはそれを見ながら「まぁ、こんなところでしょうねぇ」と意味ありげに頷いていた。
さて、ギルドへ着くと、すぐにそのまま奥まで通される。
案内されたのは先日の支部長室ではなく、長いテーブルを囲うように椅子がたくさん置かれた広い部屋だった。それぞれが椅子に座ったり外を見たりしながら待っていると、やがて少し遅れてデビスがやってくる。
「どうも、数日ぶりですねぇ。ちょうど皆さんに用事があってお声掛けしようと思っていたところなんですよ。ああ、ちなみにおいていかれた方々は投獄してあります。どちらにせよそのうち処理することになりますが」
「どうなったか聞かないのですか?」
「聞きませんよ。必要な対処をしたのでしょうからねぇ。後々の対応が面倒そうですが、そういう約束です」
意外なほどあっさりと約束の履行を宣言したデビスは、続けて口を開く。
「それはそうと、皆さんとお話をしたい方々がいらっしゃるようなので、こちらにお呼びしてもいいですかねぇ?」
「構いませんが」
「はい、では少々お待ちください」
デビスはそのまま部屋から出て行くと、廊下で何か話をし始める。
あちらにも説明をしているのだろうが、何やら言い争うような声も聞こえてきた。
それなりに長く口論したうえで入ってきたのは、ガラの悪そうな冒険者然とした者たち。
「はい、彼らが【毒剣】の、当日拠点にいなかった方々になりますねぇ」
すでに何があったかある程度察しているのだろう。
入ってきた【毒剣】の冒険者たちの顔色は優れなかった。





