往復四時間空の旅
『うまくやるんだよー』というコリンの言葉で送りだされたハルカは、【毒剣】の冒険者たちの前へ行くと、しばらくぶりに彼らに語り掛けた。
「今から大竜峰へ行きます」
「……悪かった……。もういい、いいんだ、殺してくれよ、頼む」
ぽつり、と呟いたのはギドだった。
他は無言だ。
「そうですね、悪かったのでしょう。でも殺しません」
「大竜峰……、竜に、食わせるのか」
多分そんなことをヴァッツェゲラルドに提案したらすごく嫌がられることだろう。
ハルカは何と答えるべきか決めかねて、結局そのまま空へ浮かび、障壁と一緒に北東へと高速で飛行を始めた。
速く、速く、速度を上げていくと、障壁が空気を切るためにとんでもない音を出し始めたので、先端を鋭角にし、風を裂くような形に変える。おかげで手足を動かせる隙間ができた冒険者たちはへなへなと座り込んで、力ない声で笑ったり、顔を覆って泣き出したりしていた。
ちなみに最初に隔離していた若い冒険者たちの顔は、もう最初からずっと引きつっている。もしかしたら助かるかもと思っていたところ、結局自分たちも殺されるのかと改めて覚悟することになったからだ。
空を飛ぶこと数時間。
もしかすると外の景色を見る余裕もなかった【毒剣】の主なメンバーよりも、若い冒険者たちの方が恐ろしさを感じた時間だったかもしれない。
歩いて旅をすれば十日程度。
馬を飛ばしても数日かかる距離を、たったの数時間で飛行したハルカは、大竜峰の近くへ行くとようやく速度を緩める。
山頂へ向かう途中に、何がやってきたのかと顔を出して近くまで来た若い大型飛竜がいたのだが、ハルカがそちらを向いた瞬間一瞬怯む。ナギよりは二回り以上小さい個体だ。
ただ、ナギが特別大きいのであって、この大型飛竜の大きさは平均的なものなのだけれど。
一瞬怯んだ野生の勘を大事にすればよかったというのに、その若い個体はハルカに向けて口を開けて迫ってきた。若い冒険者たちはずっと静かにしてきたというのに、そこでとうとう悲鳴を上げた。
やっぱり死ぬのだと絶望したのだ。
戦うつもりはなかったのだが、襲ってくるものは仕方がない。
ハルカは障壁をその場に固定し、空を飛んだまま前進。
大型飛竜の噛みつきを躱すと、身体の下へ入り込む。
すかさず振るわれた爪を障壁で受け止め、尻尾の先端まで移動して抱き込むと、ぐっと力を込めて下方向へと飛行の推力を上げつつ、大型飛竜を地面に向けて投げつけた。
今までどんな大型飛竜も経験したことがなかったであろう、尻尾投げである。
経験したことがあるのはこの大竜峰の主である真竜ヴァッツェゲラルドくらいなものだ。
地面にたたきつけられた大型飛竜は、岩を砕き、しばしゴロゴロと斜面を転がって、数瞬意識を失っていた。しかしすぐに目を覚ますと、少し離れた所に見えるハルカの後姿を確認し、慌てて距離を取るべく空も飛ばず、四つの足で走って山を下って逃げ出した。
大型飛竜は賢いのだ。
よく分からない原理で空を飛んでいる小さな人には二度と逆らわないようにしようと、はっきりと記憶したのだった。
若い冒険者たちも他の冒険者たちも、もはや夢でも見ているのではないかと乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。
ハルカは元の位置に戻ると、何も言わずにまた山頂へと移動を始める。
ヴァッツェゲラルドの住みかに到着すると、ちょうどハルカの気配を察したのか、ヴァッツェゲラルドもどこからか戻ってくるところだった。
ほとんど同じタイミングで山頂に着地し、一人と一匹は見つめあう。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
ハルカが挨拶をする。
先ほどの竜よりも大きく、恐ろしく威厳のある竜に向けてだ。
『なんじゃ、変なのを持ってきたな。随分と汚れているが、それも仲間か?』
「いえ、私の友人を襲った冒険者です」
『ほう、ならばその辺に捨てておけ。大型飛竜共が食べるじゃろう』
「あ、いえ、そういう目的で連れてきたわけじゃありません」
『じゃあなんじゃ』
なんじゃと聞かれるとちょっとだけ困る。
ハルカは状況を整理しながらヴァッツェゲラルドに話す。
「…………えーと、今日は〈アシュドゥル〉から来たんです。ここから南西にある街ですね」
『何か魔素の塊がぶっ飛んでくる気配でお主と分かったから、我も帰ってきたのだ。で、何しに来たんじゃ』
「まぁ、色々と。退屈されているかなと思い顔を出したくらいに思っていただければ」
あまりまともな話ではなく説明が難しかったので、全て省略して挨拶をしに来たことにするハルカ。
『要領を得ないの』
「すみません。たまには挨拶だけでもしておこうかと」
『ふむ、それは感心じゃ。泊まっていくか?』
「いえ、すぐに帰ります。仲間が待っているので」
『む、大型飛竜の肉をとってきてやっても良いぞ』
「いえ、急いでいるので。また時間がある時にゆっくりお邪魔します。お騒がせしてすみません」
『構わんが……』
いつも一人で退屈しているヴァッツェゲラルドは、こうしてハルカが顔を出してくれただけで少しだけ嬉しい。ただ、それを大っぴらに見せるのも気にくわないので、偉そうな態度をとっているだけだ。
ヴァッツェゲラルドはハルカが持ってきた人を見る度に首を伸ばして顔を近づける。
『これはお主の敵なのだろう? なぜ殺さん』
ハルカは少し考えてから、精一杯真面目な顔を作って、流し目で冒険者たちを見ながら答える。
「……いつでも殺せるので」
『ふぅむ、確かにいつでも殺せるだろうな。では生かす理由はなんだ』
「自分への戒めを込めて。【竜の庭】は甘いと思わせた、私の言動も良くなかったなと」
ヴァッツェゲラルドは今度はハルカに顔を寄せてじっと見つめる。
何か柄にもないことを言っているなと思いつつ、ハルカはいつもわけのわからないことばっかり言って、訳の分からない行動をする奴だったと、鼻でため息を吐いた。
それでも自分のところに尋ねて来る数少ない友人だ。
人の世界のことなど好きにすればいい。
それこそハルカ程の力があれば、神かクダンあたりが止めに来ない限り、人など殺し放題なのだ。
生かすも殺すもハルカ次第。
もしハルカが街を一つ滅ぼしたと言っても、ヴァッツェゲラルドは『さぞかし腹が立ったんだろうな』くらいにしか思わないだろうし、関係は変わらないだろう。
『相も変わらず変な奴じゃ』
「そうでないつもりなんですが。……では、今日はこれで帰ります」
『慌ただしい』
「すみません、次はゆっくり。では、失礼します」
ハルカが高速で去っていくのを見送ったヴァッツェゲラルドは、目を細めて独り言を呟く。
『姿が近いとはいえ、人であろうとするのがうまいものだのう』
もはやハルカを真竜として扱っているヴァッツェゲラルドには、その生き方が窮屈そうに見えて仕方がなかった。





