たじたじ
「いや、あの、え?」
「いつまでやってんだよ」
ハルカが混乱しつつ立ち上がると、レジーナは不満を隠さずに〈アラスネ〉の先端でハルカの額をつついてくる。
「つまんねぇんだよ。しつけぇ」
「ええと……」
「はいはい、レジーナちょっと下がってね」
コリンに腕を引かれると、レジーナは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
とにかく機嫌が悪いことは分かる。
コリンもちょっと困った顔だ。
「まー、ハルカが色々責任感じてるみたいだから、好きにさせてあげようと思ってたんだけどさ、まさかこんなに何日もやるとは思わなかったから」
「長いんだよ。訓練もはかどらねぇし。あいつらもうなんもしそうになくね?」
「いや、それが判断つかなくてですね……」
「今反省してても、時間が経ったら忘れる、ですか?」
「……はい」
レジーナはトントンと足を鳴らし、他の三人は顔を見合わせる。
「ハルカさ、背負いすぎだって。さっきも言ったけどさ、色々みんなで決めたことじゃん。あいつらが一番悪くて、その次に判断を間違えた、私たちが悪い。ハルカが、じゃなくて私たち、ね」
「ハルカ、今回あまり相談してくれなかったです」
「そうそう。ま、私たちもどうしよっかなーって感じだったから任せたけどさ。失敗したなーって。もっと早く言えばよかったけど、ごめんね」
そういえば対処についてどうするか、途中から全部自分で決めてしまっていたことに言われて気づく。閉じ込めて空を飛んでいるうちに、あるいは、【毒剣】の冒険者達の命乞いと罵倒を聞いているうちに、訳が分からなくなって、段々と責任を感じて何とかしなければと思うようになったのだ。
怒りや、襲撃の話を聞いてから精神的な疲れもあったのかもしれない。
とにかく、勝手な判断に何日も仲間を付き合わせていたことに気づく。
「いえ、謝られることでは、むしろ、勝手なことをしてしまって……」
「ってことで改めてあいつらどうするか話しようぜ、って相談してたら、レジーナがイライラしながら歩いてってこうなってんだよな」
「めんどくせぇから全員殺せ」
アルベルトの言葉を聞いて、レジーナがぎろりとハルカを睨む。
この何もすることのない状況をさっさと終わらせてしまいたいのだろう。
「これ、レジーナの提案ね。じゃ、私からの提案。ハルカがあの閉じ込めた人を連れて、全力で空を飛んで遠くまで移動する。身内に手を出したら世界の果てまで追いかけて、今度は捕まえて海の底に沈めて放置する、くらい言っておけば悪さしないんじゃない? あ、やったかもしれないでも同じ目に遭わせるからよく考えて行動しろ、って伝えとこ。冤罪とか関係ないから、あいつらの近くで嫌なことあったら捕まえて海に沈めよう」
「ついでに気にくわないことしてるの見かけても海に沈めようぜ」
「そですね」
「うるせぇ、さっさと殺せ」
レジーナの意見は変わらないようだが、三人は脅して解放、って意見で一致しているようだ。本当は殺してしまえばいいとも思っているのだが、ハルカの随分な悩み具合を見て、考えてくれたのだ。
この提案で大事な部分は、ハルカがとんでもない移動力を持っていると体に教え込み、逃げても無駄だと思い知らせることである。
「レジーナはこの状況が済めばいいんでしょ?」
「早くしろ」
「はい、ってことだから反対無し。ハルカはどうするの」
「ええと……」
ハルカは一人で考え込み過ぎたのだ。
今回はそれが良い具合に【毒剣】の冒険者たちに苦しみを与えることになっていたが、結局一人では解決方法が思いつかなかった。
ハルカは一人の冒険者としてとてつもない力を持っているが、それを活用するのは得意ではない。近くに仲間がいるのだから、最初からもうちょっと頼っても良かったのだろう。
王として、宿主として、責任が、とかいろいろ考えるうちに視野狭窄に陥っていたようである。
自罰的でうちに籠る考え方が、久々に酷く裏目に出た形であった。
「……そうしましょうか。あの、すみません、長々と付き合わせてしまって」
「僕も、最初に止めればよかったです。ごめんなさいです」
「いえそんな……」
「ねー、もっと早く言えばよかったよねー。アルもいつもははっきり言うのに今回は黙ってるから」
「いや、何か考えてると思うだろ。いつも直ぐ困った顔して聞いてくるのに、なんも言わねぇんだもん。ハルカはもっと困った顔しろ、分かりにくい」
「あ、すみません」
ハルカがぺこぺこと頭を下げていると、レジーナがアラスネを地面にたたきつける。
「早くどっか行け」
「え?」
「早くどっか連れてって脅してこい。いっぱい待ってやったんだから早くしろ」
「あー……、待ってくれてありがとうございます……?」
「いいから早くしろ」
そう考えるとレジーナも随分と長く我慢したものである。
知らず知らずのうちに、互いに妙な遠慮の感情のようなものが芽生えていたのかもしれない。
相手のことを気にしすぎたのだろう。
ちなみにレジーナはハルカの下へ行く前に、頭の中に出てくるうじうじとうるさいハルカの顔をパンチしてから歩きだしている。
だからいつも以上に、今日はとても強気だ。
「どこ連れてったらいいですかね……?」
「大竜峰とかいけばいいんじゃねぇの。あの婆さん見たらびびるだろ。たまに会いに来いとか言ってたし」
「あー、いいね! ってことでハルカ、行ってらっしゃい」
「僕たちここで待ってるです」
「あ、はい」
勝手に変なものを連れてこられることが決まったヴァッツェゲラルドは不憫だが、退屈しているのでまぁ、そんなに困らないだろう。
「全力で急いで行って急いで帰ってこい」
「はい、すみません……」
今日はレジーナに謝りっぱなしのハルカは、慌てて元の場所へ戻ろうとして、もう一度振り返る。
「あの、若い子たちも連れてきますか?」
「ついでに連れてったらー?」
コリンの軽い一言で、それほど罪のない若い冒険者達も、恐ろしい空の旅に連れていかれることが決定したのだった。





