悶々
街の外れから森の方へ向かい、適当な場所で降りる。
ノクトには到着した時点で、宿に残る仲間たちへのメッセンジャー役をお願いして街へ戻ってもらった。
迎えに行ったノクトまで帰ってこないでは心配をかけてしまう。
ずっと元気な命乞いと罵倒が聞こえてくるので、少し離れた場所に冒険者たちを設置して、火おこしなど野営の準備を整えてもらう。
ハルカはその間にモンタナを連れて冒険者たちが陳列された場所へと向かった。
捕まってからせいぜい三十分程度。
しかし、身動ぎもろくにできない狭い空間だ。
すでに随分と消耗している者も多かった。
到着すると、ハルカは彼らの言葉を聞かず、一方的に言葉を投げかける。
「この中で、私の友人をさらい、襲撃することを知らなかった人はいますか?」
命乞いをしていた者も、先ほどまで罵りの声を上げていた者の一部も、一斉に知らなかったと声をあげる。ギド含む数名はころりと態度を変えた者に対して罵声を浴びせたが、効果はあまりないようだった。
モンタナとハルカはしばらくその光景をじっと見つめ、それから若い数名を選んで、障壁の中から救いだす。そこですぐに逃がすつもりはないが、隣のある程度自由に動ける広い障壁の中に閉じ込めた。
おそらく【毒剣】に入って間もない冒険者で、戦力と数えられていなかったり、まだ信用されていないとかで、今回の件から外されていたのだろう。
まったく身動きの取れない場所から、広々とした場所へ移動させられた若い冒険者たちは、もうすっかり心が折れた後なのか、閉じ込められているというのにハルカに一生懸命にお礼を言っていた。
「ありがとうございます、モンタナ。あとは私が見ておきますので」
「……聞いてるのしんどかったら、離れたほうがいいと思うです」
嘘をついた者たちはなぜ自分たちを出さないとハルカを罵倒し、ギドたちはそれを馬鹿にしつつ自由になったら殺すと言っている。
時折ハルカのほうにも未だ脅しをかけてきていた。
なるほど若い冒険者達よりは随分と精神的にタフなのだろう。
きっとこれだけの魔法をいつまでも使い続けられないだろうと思っているに違いない。
おそらくハルカが自分たちを『殺す』つもりはないようだと、思い込んでいる節もある。
だから時折心無い罵倒も飛んでくる。
それはそうだ。
殺すのならばいつだって殺せる状態で、こうしているのだから。
「いえ、います。彼らがどうするのかここで見ます。多分それが、今回甘い判断をした私がするべきことです。皆にもそう伝えてください」
ハルカの頑固なところが出ていた。
別にハルカだけの責任じゃない。
ハルカの判断に従った自分たちの責任もある。
かけるべき言葉はいくらでもあったが、モンタナはその雰囲気から、何を言ってもやるのだろうと悟り小さくため息を吐いた。
「気が済んだら止めるですよ」
「はい、ありがとうございます」
ハルカは地面にすとんと座り、その場でずっと冒険者たちの言葉を聞き続けた。
喉が渇いたというものがいれば水を上から流してやるが、それ以外には彼らに対して何もしないし何も言わない。
コリンが用意してくれた食事をとり、夜になっても朝になっても眠らず、じっと男たちの表情を見つめ、言葉を聞き続ける。
何も知らなかったらしい若い冒険者には、水も食事も提供しているが、それがかえって他の冒険者たちにとっては腹立たしく、許せないことのようだった。口汚く若い冒険者たちを罵り、裏切り者、殺してやると責め立てる。
どうやらまだまだ元気が有り余っているようだった。
身動きが取れない状態。
いつ終わるかもわからず、肝心のハルカからは反応が何も返ってこない。
十二時間も経った頃には、排泄を我慢できない者もあらわれ、数名を残してほとんどの冒険者の心が完全に折れていた。
まだ辛うじて元気なのは、ギドの近くにいるであろう冒険者たちくらいだ。
それから昼が過ぎ、日が暮れて、それでもハルカは眠らずに、じっとギドたちのことを見つめていた。眠ったのではなく気を失う者がいれば、近寄って障壁の外から治癒の魔法をかける。
ハルカが立ち上がった時に期待に満ちた顔をした数人の冒険者は、治癒魔法をかけ終わって元の場所へ戻っていくハルカの姿を見て泣き叫んだ。
ハルカはそれでも元の場所へ戻り、また何も言わずにじっとギドたちのことを見つめていた。
仲間割れが始まった。
誰もがギドを責め立てるが、ギドもお前らも乗っただろうと言い返す。体を動かす隙間もないから喧嘩にはならないが、口論はずっと続くかに思えたが、数時間もすれば不毛であるのに気づいたのか、全員が黙り込んだ。
夜になり、朝になり、また昼が来て日が落ちる。
意味のない声をひたすら上げ続ける者や、うつろな目で反応のなくなった者がいた。
自殺を試みる者や、体調を崩して気を失った者は、すぐにハルカに治される。
普通の人間は、二晩も寝ずに魔法を使い続けることはできないし、どこかで睡眠をとるものだ。
だがハルカは、その場にじっと座って、ギドたちを見つめ続ける。
時折仲間たちがやってきて話しかけてくることもあったが、ハルカはその時も「大丈夫です」と言ってその場に残る。
ハルカ自身も食事をとる量は最低限になっていた。
三日目の朝、窪んだ眼をして最初に会った時よりも十も二十も年を取って見える顔をしたギドが、かすれた声で呟く。
「お前、何がしてぇんだよ……」
ハルカは答えない。
「悪かった、俺が悪かった、もう勘弁してくれ、許してくれ」
ハルカは答えない。
ギドの謝罪は繰り返される。
様々な条件を提示しながら繰り返される。
しかしハルカは答えない。
そのまま全員が自分なりの謝罪を繰り返し始めたが、やっぱりハルカは返事一つせずに、じっとその場に座り続けた。
声を出したせいで随分と体力を失ってしまったのか、昼過ぎにはまた全員が黙り込む。また一人気を失ってしまったので、ハルカは治癒魔法をかけるために立ち上がった。
そうして意識の戻った冒険者は、今置かれた状況が現実なのだと認識してむせび泣き始める。
ハルカは一度目を閉じてから、ギドの前へ移動して正面から向き合った。
「……俺が悪かった」
諦めたような呟き。
「何がですか?」
ハルカが反応すると、ギドは目を見開いて引きつった顔で笑った。
「お、お前らに手を出そうとしたのが悪かった、二度としねぇ!」
「そうですか」
ハルカは振り返り元の場所へ戻っていく。
「待て、待てって! 待ってくれ! 俺が悪かった、悪かったって言ってんだろ!?」
ハルカはまた元の位置に座り直して、ギドたちを見つめる。
機会を無駄にしたギドに向けて、冒険者たちの口から静かな怨嗟の言葉があふれ出してきた。
ギドももうそれに文句を言う気も出ないのか、絶望した表情で黙り込むことしかできなかった。
ハルカは眠らない。
不思議と眠くならなかった。
謝罪の声を聞くたびに、それが本当なのかとぐるぐる考え、自分は何をしているのだろうと心を痛める。
だが、もしあれでオレークが死んでいたら取り返しがつかなかったのだ。
いつか同じようなことをして、仲間が死んだら取り返しがつかないのだ。
また朝日が昇った。
ハルカが変わらずじっと座っていると、突然ゴンと後頭部を叩かれる。
振り返ってみるとレジーナが〈アラスネ〉を片手に立っていた。
「つまらねぇからそろそろ終わらせろ」
「しかし……」
「こっちこい」
レジーナがハルカの襟をもってずるずると引きずっていく。
「あ、歩きますから、歩きますちゃんと」
「うるせぇ」
そうして引きずられていかれた先で、レジーナは〈アラスネ〉の先端をハルカの鼻先にびしっと突きつけて言うのだった。
「顔がきめぇ」





