デビスの言い訳
受付には一応人がいた。
食堂が夜まで開いているので、一応誰かは残しているのかもしれない。
何か書類整理をしているようだったが、ハルカは列のない受付まで歩いていって、振り返った女性に話しかける。
「きゃあっ」
「すみません【竜の庭】という宿の特級冒険者ハルカ=ヤマギシです。デビス支部長はいらっしゃいますか?」
「あ、あ、あの、少々お待ちいただけますか、確認してまいります」
特別威圧したわけではない。
受付の女性は声を震わせながら答えて、奥へと消えていく。
受付の人を脅かしても仕方がないので、むしろいつも通り穏やかな表情で話しかけたつもりだ。
だが、すでに受付業務はほぼ終わっているところに、特級冒険者がずらりと冒険者を連れてきて『上のものを出せ』と言えば怖いに決まっている。というか、背後にみっちりと障壁に詰まって浮いている、半死半生のチンピラの塊がある時点でホラーである。
悲鳴を上げるだけできちんと対応した彼女は偉い。
しばらく待っていると、女性がデビスを連れて戻ってくる。
デビスもまた、ただならぬ事態が発生したと思ってやってきたのだろう。
「遺跡のことで何かあったかな?」
「いえ、遺跡のことではありません」
「そっちと関係ないのかぁ……。奥で話した方がよさそうだねぇ。君は通常通りに働いてて。あ、いや、カイト君呼んでくれるかな。……ハルカさんたちはこちらへ」
デビスは悲鳴こそ上げなかったが、目線は後ろに浮いている障壁の牢獄に固定されたままだ。
コツコツと長い廊下を歩く。
少しばかり猫背で細長い体型をしているデビスは、ハルカが運んでいるチンピラ共のうめき声も相まって、地獄への案内人といった風情だ。
廊下を抜けて入った部屋は薄暗く、明かりはデビスのデスク周りだけにともされていた。
「どうぞ入って座ったらいいよ」
デビスが背筋と腕を伸ばすと、天井につるされた燭台のいくつかに火が付き、部屋の中がぼんやりと明るくなる。
「遺跡のことでないとなるとなんだろうねぇ。とんと見当がつかないのだけれど……、穏やかそうな君がわざわざ来たのだから、相応の大事なのだろうなぁ。ああ、嫌だなぁ」
ぼやくようにねっとりと呟くデビスは、ハルカと後ろのチンピラたちを交互に見ている。
「先ほど私の友人が娘と一緒に攫われました。すでに救出しましたが、随分と痛めつけられていたようです。その際に聞き出そうとしたことは、私たちの情報だったとか。この人たちに見覚えはありませんか?」
「ないねぇ……、私は現場にはあまりいないから。必要以上に外にも出ないし。ところで……、私は何を求められているんだろうか。そのチンピラたちをこっそり殺してしまうくらいなら全然目をつぶるけども」
そんなデビスの言葉にうめき声が聞こえてハルカは立ち上がる。
手前の方にいるチンピラが目を覚ましていたようだ。
何か言いたいことがあるのだろうが、顔に酷い怪我をしていてろくに喋ることもできないらしい。
障壁越しに手をかざして顔の辺りの傷を治してやると、男は痛みが引いたことに気が付いて、体を震わせながら大きな声を出した。
「殺さないでくれ! 俺、俺は、こいつらの仲間になったばかりで、まだ何も悪さもしてないんだ! 本当に、魔が差した! 金がたくさんもらえるって聞いて……、生活に困ってたんだよ!」
ハルカは障壁にペタリ、と手を当てて顔を寄せる。
「……みんなそれぞれ事情があるんでしょうね。でも、あなたは私の友人をさらって殺そうとしましたよ」
「殺すなんて聞いてなかった!」
何を言いたがっているのかと思えば始まったのが命乞いで、ハルカは急激に頭に血が上るのを感じていた。それが言い訳になるとも思えない。五体満足ならば冒険者になって働けばいいのだ。
仕事はいくらでもある。
そもそもコリンたちの話によれば、あの場にいたものたちは皆、暴力になれていた。それを信じるとするならば、こんな言い訳は聞くに値しない。
「誰に依頼されたんですか」
「そ、それを言ったら殺される、殺されちまう!」
ハルカが半分呆れていると、デビスも立ち上がって近くへやってきて言った。
「いやぁ、言っても言わなくても君は死ぬよ。君がこれから依頼主に殺される隙なんて無いから安心していい。さぁ、誰に言われてやったか教えてくれないかなぁ……」
「い、嫌だ嫌だ!」
騒ぐ男の足元から、別の小さな声が聞こえてくる。
「【毒剣】だ……、【毒剣】の奴に頼まれた……、へへ、道理で金払いが良かったぜ……。お、おい、俺は教えたぞ、俺は助けてくれ……」
口の端から血を零しながら男が密告したところで、ハルカはデビスを横目で見る。
「はぁ、やっぱりかぁ……。失敗したなぁ……、【毒剣】は気が荒いしプライドはあるけど、それなりに知られた宿なんだ。今の宿主は三代目でね、まだ若く、一級冒険者になって間もない。それに免じて穏便に……してくれるわけないよねぇ。悪かった、申し訳ない、失言だった撤回するよぉ。殺さないでほしいなぁ」
全員からの冷たいまなざしを受け止めて、デビスは両手を上げて降参した。
そんな凍り付いた空気の部屋に、ノックの音が三度響く。
「あ、嫌な時に来ちゃったね……。入っていいよぉ」
「し、失礼します! な、何か、あの! 問題があったでしょうか! すみません、ごめんなさい!」
入ってきたのは視線が常に泳いでいる若者。
年のころはアルベルトと変わらないくらいだろう。
その少年は薄暗い空間にレジーナの姿を見つけた瞬間「ひっ」と引きつった悲鳴を上げた。
「あ?」
「あ、いえ、なな、なん、なんでもないですごめんなさい」
「あ、この子ね、カイト君。私が遺跡にいる間にここを取り仕切ってもらってた子で、何か関係してくるかと思って呼んだけど、あまり意味なかったねぇ。あぁ、でもそもそも【毒剣】に遺跡の見張りをさせちゃったのはカイト君だし、関係なくはないんだけどぉ。とりあえずカイト君はそこで待機」
小動物のように怯える姿にはなんとなく既視感はあったが、それどころではないのでハルカたちは話を続ける。だが、カイトがあまりにぶるぶると体を震わせているせいで、多少毒気が抜かれてしまった部分はあった。
これを計算して呼んだのだとすればデビスは大した策士である。
「そうだなぁ……。明日一日、君たちが【毒剣】に対してどんなことをやったとしても私は見なかったことにするよ。耳も塞ぐ。【毒剣】と【竜の庭】がぶつかったっていう、噂くらいは流れてしまうだろうけれどねぇ……、上から詳細を聞かれたらあちらが先に仕掛けたときちんと証言するさ」
「それだけですか?」
コリンが言うと、デビスは背中を更に丸めて卑屈な上目遣いでハルカたちを見る。
「よく勘違いされがちなんだけどさぁ……。冒険者ギルドの役割って、冒険者すべてを管理することじゃあないんだよねぇ。働き者がいて、そんなところまで手を伸ばしている人もいるみたいだけどさぁ。冒険者ギルドの役割は、依頼や昇級の管理に、冒険者の活動しやすい環境を整えること。いざという時に罰則を与えるのは、街の決まりなんだ。もちろん決まりを作ったり、街の運営をどうしていくか、なんてことも支部長の業務には含まれているんだけど、それを勝手に横紙破りする権利なんてない。わかるかい?」
言われてみれば確かに宿に対して、ギルドが命令をしてこうしろということは難しい。できることはお願いまでであり、報酬を提示し、その額を商人たちや街と交渉することだ。
今回の件はデビス不在時に【毒剣】が遺跡まで出張ったことが発端になっているが、それもまた、冒険者同士の衝突の一つに過ぎない。
「……冒険者の問題は冒険者同士で。私ができることは、その争いの結果君たちが何をしても、それが正当なことだったと認めることくらいだ。だから君たちが何をしても、目をつぶるし耳を塞ぐ。それから、君たちの方が正しかったと証言をする。誰に何を言われてもだよぉ。きっかけを作ってしまった責任は私にもある。深く深く申し訳ないなぁと思っているよ。だからこそこれが、精いっぱい私のできることなのさ。いや、別に私が【毒剣】をじわりじわり潰してもいいんだけれどぉ……、それより自分たちの手で始末をつけたいだろう?」
「まぁ、そうですね……」
大きな目的の一つに【竜の庭】はそこまで甘くない、という噂を作ることがある。
それならば、でかく派手に本人たちでやった方がいいに決まっているのだ。
「それでも悪かったよ。管理不行き届きとも言えなくもない。申し訳なかった、ほら、カイト君も謝ってねぇ」
「は、はい! 申し訳ございません!」
「こんなところで許してもらえないかなぁ……?」
腰は低いがどこか常に余裕と不気味な雰囲気を漂わせているデビス。
ねっとりと話す言葉をずっと聞いていると、目上の人間にいつまでも謝らせていても仕方がない。
本当の目的がここにあるわけではないのだからと、ハルカは仲間たちに目配せをして、この場はこれで収めることにしたのだった。





