大昔の話
結局その部屋の謎を解いたところで、その日は休息をとることになった。
食事を終えた一行は、集まって今日の成果と明日の予定について話し合う。
まず、驚いたのは、クエンティンが作り上げた図面の精巧さだ。
ハルカも一応脳内でマッピングをしていたが、上がったり下がったり道がふさがったり現れたりと忙しいせいで、距離感は完全にくるってしまっている。
今がどの辺りの地層にいるのか、入り口からどれだけ離れたかもよくわかっていなかったのだが、クエンティンはそれを図面に正確に起こして、今自分たちがどのあたりにいるのかを立体的に表現してみせた。
「すごいですね……」
「でしょう? これを機に俺に惚れ直してくれても……」
「どいて、見えないから」
ただしクエンティンの主な仕事はこれだけらしく、図面が出来上がると他の仲間たちに顔を手で押しやられてどけられてしまう。懲りずにナンパをしてきていたから、ハルカからすれば助かるが、少々かわいそうではあった。
「今の流れからして……、最初の大広間の付近に出そう……かも。構造からして……、貴人の墳墓。そこを守るように、歴代の武人が配置された、と考えるのが自然……かも」
「うん、俺もそう思う。副葬品とかもあるだろうな。状態もいいし、遺物時代の様子とかも新たにわかるかもしれないぞ」
「楽しみだな」
「やっぱりここの立地、大昔から人気があったんだろうな。自然も豊かだし、大陸のど真ん中だ。そりゃあどの時代だって街くらいあるってな」
遺跡冒険者たちがワイワイと盛り上がる中、ハルカがふと思ったことを尋ねてみる。
「……しかしなんで遺物時代の遺跡も、神人時代の遺跡も、土の中に埋まっているのでしょうか?」
「お、いい質問するじゃんか」
ヨンが楽しそうにくるりと振り返る。
「実はこの辺りって山が多いだろ? それが噴火して火山灰が降ったのもあるし、単純に土とか埃が積み重なったってのもある。他にもな、ここを街にした奴が凸凹してるから家建てたり畑作ったりに不便だから土を持ってきたとか、ま、その辺が積み重なってこんなになってるってわけだ。でもな、一番の原因は分かんないんだよな。多分神人戦争の末期とかに、街が丸ごとぶっ飛ぶような何かがあったんだよ。そのがれきが百年二百年って経って、小石や砂になって土になって、みたいな感じっぽい層があるんだよな。すっごい魔法使いがいたんじゃないかなって俺は思ってるんだけど、今のところそれを証明する資料は見つかってない。神人時代末期の資料ってほとんど見つかってないんだよ。【神聖国レジオン】の入り込めない所とかに保管されてそうなんだけど、下手に忍び込んだら殺されそうだしなー……。なぁハルカ、伝手とかで入れるようにならないか?」
ものすごい早口で遺跡冒険者の本領を発揮してからのお願い。
勢いに押されて頷きそうになるのを、ハルカは辛うじて堪えた。
「その様子だとなんか知ってるな? なー、お前たちって結構あちこちで旅してるじゃん。なんか俺の知らないこととか知ってたら教えてくれよー。俺も本当は旅してあちこち調べたいんだけど、旅費もかかるし時間もかかる。ここもまだ調べきれてないし、ほんと時間がいくらあっても足りないんだよな」
「うーん……、昔のことが知りたいんですか?」
「そう、知りたい」
「……うーん」
教えてあげられることは山ほどあるが、実際に語れるかと言えば話はまた別だ。
ハルカは少し考えてから、一般にも知られている存在の名前を出して話をしてみることにした。
「ヨンさんは真竜、ってご存じですか?」
「ああ、知ってる。大竜峰にいるって噂の奴だろ? 〈プレイヌ〉にいる時に空を飛んでるのを見たことがある」
「では真竜が長命であることは?」
「まぁ、竜だしなぁ。でも竜だろ? お前たちも連れてるナギとか、モンタナの頭の上に乗ってるやつと同じ」
「はい。でも彼らは遥か昔の時代から生きています」
ヨンは一瞬首をかしげて、「彼ら?」と問い返した。
この辺りばかりうろついているヨンは、あまり国外のことには詳しくないのだ。
「はい。例えば南方大陸には〈岳竜街〉という街があります。〈岳竜〉、グルドブルディン様と呼ばれる、山のように大きな竜が、街の近くで眠っているんですよ。知っていましたか?」
「山かぁ。ナギぐらいあるのか?」
「いいえ、ナギの十倍以上あります」
「うっそだろ!?」
「ホントです」
「いや、マジ」
至極真面目に話しているハルカの言葉を信じられず、ヨンはモンタナとアルベルトにも確認したが、最初から嘘なんてついていない。あっさりと肯定された言葉に、ヨンは地面に尻をついて足を投げ出し「どひゃー……」と目を丸くした。
「見てみたい。何年生きてんだそれ」
「さぁ、数千年ではきかないんじゃないでしょうか」
ヨンはしばし黙り込んでじーっとモンタナの頭の上にいるトーチを見つめる。
そこからでかい竜の姿を想像しているのだろう。
しかしやがて息を吐いて「だめだー」と言って両手を上げて後ろにひっくり返り、しばらくしてから真剣な顔をして起き上がる。
「なぁ、そこまでってどれくらいかかる?」
「歩いたら数カ月かかると思いますが」
「いや、そうじゃなくて、お前たちなら」
「……ナギに乗せてもらって、ってことですか?」
ヨンが真剣な顔をして頷く。
「そうですね……一週間もあれば十分かと」
「……そうか、一週間か、あーー、一週間かぁー!」
聞くだけ聞いたヨンは、いつの時代に作られたかもわからぬ床の上をごろごろと転がりながらしばし悩み続けるのであった。





