対応力〇
全員が通路に入り込む間に、ハルカはしばし顎に手を当てて考えてから、障壁をいくつか解除した。そうしてアンデッドたちを通路の中の方へと進ませてから、帰り道を塞ぐように障壁を後ろにも出現させて、きゅっと圧縮する。
いくら戦う技術のあるアンデッドとはいえ、勢いをつけるスペースがないと、障壁を破壊するほどの一撃を繰り出すことは難しい。
続けて性質の違う障壁をいくつか重ねて出現させたハルカは、その場にアンデッドのすし詰めを放置して、列の最後尾に続くことにしたのだった。
一応アンデッドも遺跡の一部だ。
すべてぐしゃぐしゃに滅してしまうと、それはそれで遺跡の資料としてほしくなった時に困ってしまう。
大規模な魔法は遺跡自体を傷つけかねないし、戦い方も中々難しいものがあった。
ただ生きて残るだけならばそれほど難しくはないのだけれど、考古学というのは突き詰めていくとなかなか厳しいものである。
狭い通路をずっと進んでいくと、やがて小さな部屋が現れて一行の道を阻む。
後ろからアンデッドが来ていたら大変なことであったが、現時点では足音一つ聞こえないので問題はなさそうだ。
「ちょっと待ってろよー……!」
またもペタペタと壁を触り始めたヨンたちをしり目に、ハルカたちは一応後方の警戒をする。
「閉じ込めてきたです?」
「はい。通路にきゅっと圧迫して。多分障壁が破られることはないと思います」
「そうなると戦えはしねぇのか」
「まぁ、アンデッド相手ですと危ないですし」
「まぁなぁ」
人や破壊者、それに魔物と違って、アンデッドは怯まない。
頭を潰さない限り目的のためにひたすら前へ出てくるので、どうしたって物量で押しつぶされやすいのだ。
その上一定以上の実力があり、武器も特殊となると、まともに相手をするにはリスクが高すぎる。
接近してのことならばともかく、避けられそうな戦い、特に乱戦は避けようというのが今回の方針だ。これにはアルベルトたちの安全の確保の他にも、やはり、遺跡内部をできるだけ傷つけたくないというジーグムンドたちの方針もあった。
謎が解明していく感じはハルカからすればそれなりに面白いのだが、アルベルトにとっては少々退屈な探索になりそうである。
ややあって、今度は床に何か仕掛けを見つけたようで、ヨンたちが集まって何かをしている。上からのぞき込んだジーグムンドが、指示をされて壁やら床やらの石を押し込んだり引っ張ったりすると、何やらガラガラと音がし始めた。
先ほどのように部屋のどこかの扉が開くのではないかと見回してみるが、それらしいものはない。
「あ、まずいか……?」
ヨンが漏らした言葉にその視線を追いかけると、先ほど通ってきた通路の床が、ゆっくりとせりあがってふさがっていくのが分かる。急いで戻るには少しばかり距離がありすぎるので、もう後戻りはできない。
「ちょっと待てよ、ええっと、ジーグ! この石押し込んでくれ!」
ヨンが慌てて仕掛けを更にいじり始めたところで、通路が完全にふさがり、今度は部屋の天井がゆっくりと降りてくる。
「ヨン、こっちの仕掛けじゃない!?」
「ええっと、こっちのは?」
「ああくそ、とりあえずそれぞれいじれ! たぶん今ジーグがやってるところが本命のはず!」
わたわたとジーグムンドたちが動き出す中、アルベルトとモンタナがハルカの方を向いて尋ねる。
「天井、障壁とかで止めらんねぇ?」
「どっかにカラクリあるです。壊せば止まるですけど……」
ハルカは急激な状況の変化に少しばかり焦っていたが、二人の提案を聞いて冷静に今できることを検討する。
「ええと……、まずは障壁で試します。それでだめならカラクリを。それもだめなら、天井か床を破壊して空間を確保するしかないでしょうね」
モンタナが耳を澄ませてカラクリが動いている場所を探しているが、それをどうにかするとなると壁を破壊する必要があるだろう。一番被害の少ない方法は、力ずくで天井の動きを止めてしまうことである。
ハルカは天井にびったりと障壁を広げて固定。
ゆっくりと降りてくる天井をじっと睨んで待っていると、ほんの僅かに聞こえてきていたカラクリが、悲鳴のような音を立ててゆっくりと停止。
「これでどうだ!」
その直後、ヨンが大きな声を出すと、床からガコンと音がする。
ジーグムンドが床にはめ込まれた石の隙間に指を入れて持ち上げると、そこに階下へ降りるための階段が現れた。
「ふぅ、あぶねぇ。解除できなかったらジーグにこの岩壊してもらうしかなかった」
焦っているようで、ヨンもまた、最低限の脱出手段は考えていたようである。
「仕掛けが解けると天井も止まるようになってたのかな?」
クエンティンがそう言って天井を見上げたので、『なるほど』と思ったハルカが障壁をとくと、天井が勢いよくずんずんと降り始め、ハルカは慌てて再び障壁をはり直した。
「な、なんだ、びっくりしたぁ。早く行こうぜ」
「あ、天井は障壁で止めているのでゆっくりどうぞ。私が最後に行きます」
「お、じゃあ頼むな。あ、最後は天井落としていいから。下手にそのままにしておくと、遺跡の他の仕掛けが作動しなくなるかもしれないし」
「わかりました」
「しかしすっげーや。これが特級冒険者か」
天井をもう一度見上げてから、ヨンは軽くハルカの魔法を称賛して階段を下りていく。遺跡探索ばかりしているヨンは、そもそも地上で活動する冒険者があまり好きではないが、例外もいるのだとすっかり見直したようだった。
さりげなく褒められたハルカは、照れてぽりぽりと頬を掻きながら、列の最後尾についていく。
確かに特級冒険者ならばここまでの危険を難なく乗り越えそうであるが、遺跡を破壊しないで乗り切れるものはほとんどいないだろう。
感心するのはいいが、今後他の地上冒険者に遺跡探索の補助を頼るのはやめておくのが吉である。





