あふれ出るアンデッド
「随分と腕を上げたな……」
後ろで見ていたジーグムンドがぽつりとつぶやくと、アルベルトの耳がピクリと動きにまーっと笑う。
もうずいぶんと前のことになるが、武闘祭の決勝でレジーナと戦うジーグムンドの姿を見て悔しい思いをした。そのジーグムンドに手放しで褒められたらそりゃあニヤつきくらいする。
「そうだろ」
「まじで強かったんだな」
「信じてなかったのかよ、お前」
「見ないとわかんないじゃん」
手を止めていたヨンは作業を再開しながら返事をする。
「今の奴が強いアンデッドです?」
「まぁ、そうだ。こんなのがたくさん出てきて困った。一体来たってことは、他にも来るかもしれないな」
「一応通路を塞いでおきます」
ハルカが通路に障壁をはってしばらくすると、突然空気を裂く音がして、障壁に何かが当たって落ちる。
三本の矢であった。
まだ姿が見えないのに、あちらからはハルカたちの居場所がばれているらしい。
光の球を出して奥を照らすと、随分と先から弓を引き絞っている、乾いた死体が見える。
つがえられた矢は三本。
それが同時に放たれて、また障壁にあたって落ち、矢とすれ違うように放たれたハルカの風の刃により、アンデッドの頭部が縦に両断されて崩れ落ちる。
「……あの、早めに出ないと続々と集まってくるのでは?」
「多分もう遅いです」
耳を動かしながら呟いたのはモンタナ。
少し遅れて暗がりからずらずらと武器を持ったアンデッドたちが現れる。
それらは通路にびっしりと並び、ある者は矢を放ちながら、ある者は武器を引きずりながら迫ってくる。数もどれだけいるか想像がつかなかった。
その中には冒険者のアンデッドもいくつか混じっている。
ハルカは部屋にいたるまでの通路にいくつか障壁を用意して、いまだに部屋の探索を続けているヨンたちの方を振り返った。
「あの、帰り道塞がれちゃったんですけど……」
「いざとなったら突破できそ?」
「……相手の数と実力が分からないので何とも言えませんが、おそらく」
「ならもうちょっと調べさせてくれよ。……多分、隠し通路みたいなのあると思うんだよな。ここに集まってきたってことは、多分あのアンデッドたちもこの辺調べてほしくないんだと思う」
「いえ、あの、音に集まってきただけ、とかありません?」
「そうかもしんないけど、違うかもしんないし……、ああもう、足音うるさいなあいつら!」
「ヨンもうるさいです」
熱心に部屋中を調べているヨンたちは、ハルカたちに全幅の信頼を寄せているのか、それとも遺跡を調べるのに夢中なのか、通路の方を見向きもしない。
癇癪を起こして床を叩いたヨンも他の仲間に注意をされている。
どうしたものかとハルカが再び通路に目を向けると、ちょうど先頭にいる大柄なアンデッドが、大きな斧を振りかぶり、障壁にたたきつけているところだった。
見えない壁に気が付いて破壊することに決めたらしい。
そんな判断力が残っていることに驚きだ。
先ほどのアンデッドの戦いぶりといい、この遺跡にいるアンデッドは随分と生前の能力を受け継いでいるようだ。
斧が振り下ろされ、続けざまに金棒やら剣やらもたたきつけられると、やがて障壁の一つが破られる。
これはまずいとハルカは障壁を幾重にも重ねて張り直し、続けて先ほどと同じく風の刃を飛ばす。
先頭にいた数人の頭を斬り飛ばすと、そこから先のアンデッドは魔法を回避して更に進撃をすべく前へ前へと歩いてくる。恐れを知らぬその行軍と、干からびた皮膚や窪んだ眼は、どう見てもホラー映像で、ハルカは思わず小さくうめいて顔をしかめた。
閉塞した空間にいる分、外で出会った時より威圧感がある。
続けざまに放った魔法は数人のアンデッドを屠ったが、やがてアンデッドもハルカから見えない位置に隠れるようになってしまい、数体のアンデッドのみが障壁を破壊するために武器を振るうようになった。
とにかく数を減らそうと、ハルカが次の魔法を放った瞬間、一人のアンデッドが前に出て、長剣を魔法に向けてたたきつける。
すると、風の刃が両断されて消えてしまったではないか。
かつては名の知れた武人であったであろうアンデッドに対して、同じ魔法を放ち過ぎて、ついに見切られてしまったらしい。
もっと大規模な魔法を放つことは簡単だ。
しかしそれをすれば、遺跡を傷付ける可能性もあるし、切羽詰まっていない限りは控えるべきだろう。
「あの、ちょっとまずそうなんですが……」
「ちょっと待て、ちょっと待てよ……」
ハルカがアンデッド対策に気を取られているうちに、部屋に散らばっていたジーグムンドたちのチームが一か所に集まってじっと壁を触っている。
「なあ、ちょっとこの辺り照らしてもらえないか?」
「あ、はい」
ガンガンと障壁が叩かれているのもあまり気にしていないらしく、ヨンは振り返りもせずにハルカに指示を出す。
光球を傍に浮かべてやると、ヨンは再び壁をペタペタと触り、ジーグムンドに何らかの指示を出す。それに従ってジーグが挟まっている小石を引っ張りだしたり、大きな石を押し込んだりしていくうちに、どこからかガコンガコンと何かが動く音がした。
そんなことを繰り返していくうちに、やがて壁がゆっくりと持ち上がり、人が一人通れる程度の通路が現れる。
「いよっし……! ほぅら見ろ、開いた! 行くぞ、絶対なんかあるはずだ!」
遺跡冒険者の胆力と技術というのはなかなかどうして大したものである。
後ろから響く武器の音を聞きながら、ハルカは素直に感心して、次々と通路に入り込んでいく冒険者たちを見つめるのであった。