強力なアンデッド
ぐるりと遺跡内を巡ってみたハルカたちであったが、残念なことにアンデッドに変化していない冒険者に出会うことはなかった。
自ら望んで入ってきたとはいえ、デビスが真面目に止めようとしていれば止められたのではないかと思うとハルカは複雑な気持ちになる。
冒険者の自由を優先するのか、それとも安全を優先するのか。
支部長によって判断は分かれるところだろうけれど、〈アシュドゥル〉のデビス支部長は前者を優先したのだろう。
誰を責めるわけにもいかないし、そもそもいちいち気にすること自体が間違っているのかもしれない。
さて、見たことのない通路をまわっていくうちに行き止まりにたどり着いてしまったハルカたちは、そこで一息ついて周囲の様子を調べることになった。
突き当りの部屋は広く、何かが埋葬されている様子もないのだが、逆に言えば何のための部屋かもわからない。
これは怪しいぞということで、ハルカたちが一つしかない入り口を見張り、ジーグムンドのチームが中をくまなく調べることになったのである。
ジーグムンドたちは、壁や床をペタペタと触ったり、コツコツと叩いてみたりしながら部屋をまわっている。広い部屋なので何かがすぐに見つかるわけもなく、ハルカたちは入り口をふさぐように座ってその様子を眺めていた。
「モンタナはなんかそれっぽいの見えねぇの?」
アルベルトが尋ねると、モンタナは黙り込んだまま部屋をぐるりと見まわして、ゆっくりと首を横に振った。
「変な所はあるです。……でも、こういうのは専門家に任せるですよ」
モンタナは自分の目が特別であることをよく理解している。
その一方で、専門家の仕事は専門家がやるべきだし、下手に口を出してもうまくいかないことがあることを知っている。
求められて初めて意見するくらいでちょうどいいのだ。
「ふぅん、そんなもんか」
今のところ強い強いと聞いていた遺跡のアンデッドと遭遇していないせいか、アルベルトは退屈そうである。
そんなアルベルトの気持ちが届いたのか、しばらくその場で待機していると、ちょうどいま通ってきた通路の先から何かが聞こえてくる。
ざりざりと石畳の床を、何か重たい金属が引きずられる音だ。
時折段差で跳ねたのか、カツンと鈍い音も聞こえてくる。
三人が立ち上がったところで、ジーグムンドたちも何かが近づいてきていることを察して手を止めた。
姿を現したのは干からびた死体。
片手に身の丈程はあろう大鉈を引きずっており、薄く開けられた乾いた瞳がハルカたちを捉える。
「俺がやる」
「危なければ援護します」
直後、カッ、カッと、大鉈が石の壁や床を擦り、悲鳴をあげながらアルベルトに迫る。一歩前へ出ていたアルベルトは、踏み込みながら、大剣を叩きつけるようにして大鉈の一撃を迎え撃った。
重く鈍い音が響き、大鉈が地面にたたきつけられる。
大鉈は千年も前の武器とは思えぬほどの丈夫さで、刃こぼれ一つ起こしていないようであった。
アルベルトは鍔のない鉈の上に、その動きを押さえつけるかのように力を込めて大剣を滑らせ、そのままアンデッドを引き裂きにかかる。
アンデッドはそれに対抗して力を入れることなく、握りを緩めると、一瞬その柄から手を離し大鉈の角度を変える。
それに沿うようにして大剣を走らせていたアルベルトは、その瞬間に力が分散されて、大剣の角度が僅かにぶれる。アンデッドはそれを見逃さず、これまで片手で持っていた大鉈の柄を両手で握り直し、角度を直そうとしたアルベルトの大剣を上へとはね上げた。
大剣がアンデッドの頭上を通り抜けたところで、ちょうどいい高さまで上がっていた大鉈の先端が、アルベルトの首元に向けて突き出される。
もしアルベルトが体勢を立て直そうとしていれば、首を半ばまで切り裂かれていてもおかしくないような鋭い一撃であった。
しかし、アルベルトもまた、先ほどのアンデッド同様、右から左へ振り抜いてしまった攻撃に合わせて、力の流れに逆らわずに身をかがめつつ回転していた。
アルベルトの後ろ髪を僅かに切り飛ばした一撃で、アンデッドの腕が伸び切る。
アンデッドの次の動作は大鉈の振り上げ。
アルベルトの次の動作は、床を蹴っての体当たり。
体当たりと聞くと大した威力のない攻撃のようであるが、実際は、身体強化をしているアルベルトと石の壁に挟まれるというまったく遠慮のない必殺の一撃だ。
アンデッドを構成していた、上半身全体の骨が砕ける音がして、首がだらりと横に力なく傾く。
そうなっても未だに大鉈を振るおうと動くアンデッドの腕を確認したアルベルトは、大剣から右手を放し、握った拳を振るってアンデッドの頭部を破壊した。
大きな音を立てて地面に転がる大鉈。
アンデッドは力なく地面に崩れ、そのまま二度と動き出すことはなかった。
「……いやぁ、結構強いな、マジで」
足元に接近していたモンタナと、魔法をいつでも放てるように準備をしていたハルカも、アルベルトの一言で肩の力を抜いて息を吐く。アンデッドだからこその強みも間違いなくあったが、単純な攻撃の鋭さも中々のものだった。
「この大鉈、多分途中で重量が変わったですよ」
「やっぱりか。音と速度が変わったから、なんか変だと思ったんだよな」
二人が大鉈を見ながら話すのを聞きながら、一人大鉈の重量変化に気づいていなかったハルカは、神妙な顔つきをしたまま『そうだったのか……』と心の中で呟くのであった。





