犯人の噂
ハルカは兵士たちの方を見つめるイーストンが何をしにきているのか、考えていた。
話してみる限りでは野次馬をするタイプではなかったが、通りすがりの女の子を悪漢から救い出すくらいの正義感はある。
彼なら何か知っているのかもしれないと思い、そちらを見つめていると、コリンに話しかけられる。
「どこみてんのよ?……あら、あらあらあら、あの人武闘祭でハルカが気にしてた人じゃない」
「ですから、黒髪で気になっていただけですってば」
「でも今熱心にみていたわよ?」
「変な理由ではありません」
「ほんとぉ?」
コリンが職場にいた結婚しないのかいつも尋ねてくるおばちゃんみたいになっているのを見て、ハルカは視線を逸らしながら否定を繰り返した。
そんなハルカの姿に気づいたのか、イーストンが近くに寄ってきた。
「あ、なんかこっちにきたわよ!」
「はぁ……、二度ほど話をしたことがあるんですよ」
「えっ、ハルカって案外手が早いのね!」
「だからそういうのではないです」
どこで誰が聞いているかわからない。あの熱心なイーストンファンのお嬢さんに聞かれていてはただでは済まないと思い、ハルカはキョロキョロと周りを確認した。
「こんにちは、ハルカさん。今日は仲間と一緒?」
「こんにちは。この間話した通り、仲間と行動していることの方が多いんですよ」
イーストンはハルカの右にいるニマニマと変な笑い方をしている少女と、左にピッタリとくっついて立っている獣人の少年をみて、微笑んだ。
「可愛らしい仲間だね」
「ええ、でも頼りになりますよ」
「一人旅をする身としては、仲間がいるのは羨ましいね」
そう言いながらも、さほど羨ましそうでもないイーストンは、あまり他人と馴れ合うのが好きではないのかもしれない。
「ハルカさんはこの騒ぎについて何か知ってる?」
「いいえ、今きたところですので。イースさんは?」
「少しは知っているよ。なんでも人の死体が二つ、路地裏に転がっていたらしい」
ハルカは眉を顰める。街の外ならともかく、街中で人が死んでいるというのはあまり聞かない話だ。
じつはハルカが知らないだけで、人知れず行方不明になる孤児や生活困窮者は日本とは比べ物にならないほど多い。
しかし、街の真ん中に死体が放置されているようなことはないのだ。人を殺すことや攫うことを生業にしているものの仕業であれば、わざわざそんな目立つようなことはしない。
「……今日武闘祭に現れなかった男と、綺麗な女性の二人だってさ」
「詳しいですね」
「気になってしばらく様子を見ていたからね。ハルカさんも気をつけた方がいいよ、他の町でも似たような手口で殺されている人がいるから。今回は男性も殺されてるけど、ほとんどの被害者は綺麗な女性だ」
「気をつけます。武闘祭の決勝参加者がやられるほどの相手ということですもんね」
返事をしていると、コリンが肘で何度も脇腹を突いてくる。何かよっぽど切羽詰まった用事でもあるのかと思い、イーストンに「すいません、ちょっと」と言って身をかがめてコリンに顔を寄せた。
「なんですか?」
「ちょっと、綺麗な女性だって、脈アリよ!」
「……コリン、真面目な話をしているんですけど」
じとっと見つめると、コリンが視線を逸らして口笛を吹く真似をした。ただ空気が漏れ出しているのを見ながらハルカはため息をつく。
「コリンも気をつけるんですよ」
「はぁい」
よそを向いたまま素直に返事をしたのを聞いてから、ハルカはイーストンとの話に戻る。
「イースさんは、なんでそんなにこの事件が気になるんですか?」
「僕は幾つか前の街から、街中での殺人をしている犯人を追っているんだよ。ちょっとした事情があってね。吸血鬼の仕業だって話もあるから、本当に気をつけて」
吸血鬼。
人の生き血を吸い、コウモリのような羽をもつ不死身の化け物だ。元の世界でもいた空想の化け物は、この世界では実在する。
破壊者の有力な種族のひとつで、数は少ないがその強力な性質から、他の破壊者を従えて、独自の領土を持っているものが多い。
見た目は人とあまり変わらないが、肌が白く、綺麗な見た目をしたものが多いそうだ。日中は力を自在に発揮できないらしく、夜に暗躍すると言われている。
「イースさんこそ、そんな凶悪なものを相手に一人で大丈夫なんですか?」
「それなりに腕には自信があるから」
だるそうに細められた瞼で、イーストンが遠い目をする。何を思い出しているのかわからないが、イーストンにとって事件の犯人を追うことが大事なことのように思えた。
「何か、お手伝いしましょうか?」
ハルカが思わず声をかけると、イーストンが一瞬目を見開いてから笑った。
「そういえばハルカさん達って冒険者だったね。もし手が必要になったらお願いしようかな」
「仕事ならいつでも受けるわよ!」
「いえ、コリンそうではなく……」
「危ないことをするときはちゃんとお仕事で受けないとダメよ、ハルカ」
「……はい」
「しっかりしてるね、この子」
年上であろうハルカがやり込められるのが面白かったのか、イーストンがコリンのことを褒める。コリンは胸を張ってドヤ顔だ。
「まぁ、でも本当に、無理をしないでください。イースさんには武闘祭もありますから」
「僕にとってはそっちがついでなんだけどなぁ……」
イースはハルカの言葉に小さい声でぼやいた。