情報源
レジーナが謝っている若い冒険者の後頭部を踏みつけるなど、多少のトラブルはあったものの、それ以上の大きなけが人が出ることなく手合わせは終わりとなった。
「それで、ええと……、先ほどジーグムンドさんのお話をしていましたよね?」
ハルカは手合わせの前のことを思い出しながら、中年の冒険者に尋ねる。
ギルドでたむろしていたのは情報を得るためだ。
この二人がジーグムンドについて詳しいのであれば聞いておいた方がいい。
「あ、いや、そのことなんだが、秘密にしておいちゃもらえねぇかな……」
ハルカの問いかけに何を勘違いしたのか、中年冒険者は申し訳なさそうに頭を下げた。悪口を言っていたようなものだから、若い冒険者がこれ以上酷い目に遭ってはかわいそうだと思ったようだ。
ちなみにその若い冒険者は、静かに俯いて黙りこくっている。
レジーナに「うるさかったら殺す」と先ほど言いつけられたからだ。
何かをしろ、ではなく、不快なことをするな、と要求するのはレジーナらしい。
実際あまり良くないことを大声でしゃべっていたわけだし、それくらいならばとハルカも許容して放っておいている。冒険者がやんちゃなのはよくわかっているし、意外と打たれ強くて、辛いことも喉元を過ぎると忘れがちであるという認識はある。
あそこまでボコボコにされて忘れるとしたら、ある種才能だが、その辺りの加減はハルカにはわからない。
「あ、もちろんです。聞いても本人も嫌な気持ちになるでしょうから。そうではなく、街に来たばかりで色々と情報を集めたいので、ジーグムンドさんが今どこにいるのかが知りたいだけなんですよ」
「あ、なるほどな。そういうことなら案内するぜ。ただ、俺は別に仲が良いわけでもねぇから、案内したら帰ってもいいか?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
意外な所で情報を手に入れることができたハルカたちは、中年冒険者の案内に従って移動を開始する。一人ぽつんと残された若い冒険者は、ハルカたちの姿が見えなくなるまで石のように動かず、やがてぽつりと一言。
「後であいつに礼言わなきゃな……」
中年冒険者はとんでもなく危険なやつを相手にずっと庇ってくれたばかりか、こうして引き離してもくれた。昔からの知り合いで、冒険者に誘ってくれたのもあの中年冒険者だった。
いわば恩人に対して、最近は小言が鬱陶しいからと疎ましく思っていたのである。
若い冒険者は十分に反省したが、冒険者をやめるつもりはなかった。
レジーナは恐ろしく、アルベルトにはまるで手が出なかった。
だからこそ、二人の手合わせの光景は脳裏に焼き付いている。
心の中に僅かに芽生えるのは、自分もああなりたいという目標であった。
冒険者というのはあまり他人に手の内を見せない。
特に上級の冒険者になる程、訓練所の利用率は下がり、宿などで気の知れたものとしか訓練をしなくなる。
モンタナは比較的気にする方だが、レジーナとアルベルトは、そんな細かいことはあまり気にしない。アルベルトなんかは、見られた時よりも強くなってりゃいい、くらいに思っている。
ひどい目に遭いはしたものの、一つの目標を手に入れた若者はこぶしを握る。
そうしてじっと目をつぶりながら、幾度も幾度も、先ほどの手合わせの光景を脳裏に思い描くのであった。
さて、中年冒険者に案内をされてやってきたのは、倉庫のような場所であった。
とりあえず雨をしのぐ屋根があり、横風をしのげる壁がある。ただし扉はない。
一級冒険者が暮らす家としては、何とも粗末な建物である。
ただし広さだけは十分にあった。
「じゃ、俺はここで」
中年冒険者は、さっと敬礼のようなものをして足早に去っていく。
きっとあの男はこれまでもこうして要領よく生きてきたのだろう。
それにしては情もあるし、義理もしっかりしている。
冒険者として一流ではないのかもしれないが、人生の生き方としては見習いたいところだ。
「あのー……、すみません」
ハルカが外から声をかけると、中から足音がして、ぬっと巨体が姿を現す。
ジーグムンドである。
倉庫には窓も付いていないようで薄暗く、ちょっとドキッとするようなホラーめいた出現の仕方であった。
「……ハルカだったか。なんだ、街へ来ていたのか」
「お久しぶりです、その包帯は、怪我ですか?」
「ああ、ちょっとな」
ジーグムンドは腕に目を落としてから、ちらりと建物の中を気にするようなそぶりを見せる。
「何か取り込み中でしたら出直しますが」
「いや。というかお前ら何をしに……」
ジーグムンドが尋ねようとしたところで、レジーナがずいっと前に出た。
「おい、お前、ジーグムンド、その怪我どこでやられた」
「……お前、武闘祭のレジーナか。よく俺の名前を覚えてたな」
「うるせぇ、どこだ」
「遺跡だ」
「遺跡か」
すぐに喧嘩が始まるのではないかとハラハラしていたハルカであったが、レジーナは喧嘩を売るどころか名前までしっかり憶えていて、怪我の心配までしている。
驚きの成長具合だった。
ジーグムンドの方も一瞬身構えたのに、拳が飛んでこなかったからか、逆に面を食らったような表情をしている。
「……話があるなら中へ入れ」
よく見ればジーグムンドの体のあちこちに、細かい傷がついているのが分かる。
腕の方もまともに治療しているように見えないので、少しばかり心配であった。
「……あいつ強いのに、あんなに怪我をするような奴がいるんだな」
アルベルトはぽつりとつぶやく。
今となってはアルベルトの方が強いかもしれないが、ハルカたちの中ではジーグムンドは強者であるという印象が強く残っている。
ハルカたちもその意見には完全に同意であった。
違ったのは、その表情である。
ハルカが少しばかり不安を見せたのに対して、アルベルトはキラキラと目を輝かせていた。
未知なる強敵が気になって仕方がないのである。
「……とにかく話を聞かせてもらいましょうか」
レジーナがずかずかとジーグムンドの後をついていってしまったので、ハルカたちはそれを追いかける形で、建物の入り口をくぐることにしたのであった。
千四百話だぁ
あ、拙作、『たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること2』がもうすぐ発売ですので、どうぞどうぞよろしくお願いいたします。
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