表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
第一部 褐色巨乳美女おじさん、冒険者活動をする
14/1343

観察と実験

 一晩考えるという話をして答えを先延ばしにしたハルカは、ギルド内の廊下をとぼとぼと歩いていた。目的地は訓練場。そこは広い運動場のようになっており、的と打ちこみ台がおかれ、冒険者たちが日常の訓練をできるようになっていた。

 安全な道に進もうとしていたのに、なぜあんな返事をしてしまったのだろうか、ハルカ自身にはそれがわからない。この歳になってこんな風に悩んでいることに戸惑いを感じていた。

 思い出してみればこの体になってから、好奇心が抑えられないようなことが増えている気がする。

 今までのしがらみから解放されたせいなのか、わけのわからない状況に落ち着けておらず、調子が狂ってしまっているのか、あるいは若い肉体に精神が引きずられているのか、とにかくいつものヤマギシハルカらしくない行動が多いように思えた。

 厄介なのはそれがそんなに嫌でないことである。

 よくよく考えてみれば、ハルカは小さな頃からワクワクするような冒険にあこがれていたし、その中で活躍する勇者のようになってみたいと思っていた時期もあった。だとするなら、この世界で冒険者になることはある意味、夢に近づいていると言えるのかもしれなかった。

 そのことをついには自覚しながらも、ハルカはやっぱり決断できずにいる。

 立派な大人として、長いこと社会生活を送ってきたハルカの精神は、無難な選択をすることに慣れ親しんでおり、リスキーな選択をすることに抵抗を覚えるようになってしまっていた。


 訓練場につくと、よく晴れた太陽の下、たくさんの冒険者たちが訓練に励んでいた。その中でも魔法の練習をしている人たちの方へ向かい、その端に立ち、じーっと魔法を観察する。

 訓練場では基礎的な魔法を放っている人が多い。冒険者たちは強くなってくるとチームを設けて、専用の拠点を設けるものだと聞いていた。つまりここで訓練している人たちはまだそこに至っていない面々であることが予想できた。

 前に読んだ『これであなたも魔法使いになれるかも?』に載っている魔法を練習しているものが多く、ほとんどの者が呪文を堂々と詠唱している。それは自分がこんな魔法を使うことができるのだと喧伝しているようにも見えた。他人の魔法を見たことがなかったハルカにとっては生きる参考書だ。大変ありがたかった。


 詠唱を唱える、終わるころに杖を向ける、その方向に魔法が飛んでいく。そんなことを大体5回から10回程度繰り返すと、息をはいて一度休憩に入るものが多かった。連続で魔法を放つことができるのはその程度、ということなのかもしれない。

『これであなたも魔法使いになれるかも?』によれば、使い続けて頭痛がひどくなっても1時間も休めば治るらしい。ただそれを超えて魔法を使い続けると、頭痛がひどくなり、その場で気を失うこともあるそうだ。一般的にこの現象を魔素酔いという。


 この頭痛は魔法を使用することに対する過剰な集中力と、魔素を一度頭の中に通した際に、脳に負担がかかることが原因と言われている。これは素質も関係してくるが、訓練をつめば耐久力が上がり、短い時間でたくさんの魔法が使えるようになる。剣士たちが毎日剣を振るうように、魔法を使うものは、こうして毎日訓練をすることが大切になってくる。


 ハルカは的の前に立つと、今まで他の者たちが唱えてきた魔法の詠唱を思い出す。それを唱えること、こうして人の前で魔法を練習すること、自分がこれから魔法を使おうとしていること、そのすべてになんだか異様にドキドキしていた。


「…火の矢、れ、尖れ、飛び、刺され、爆ぜよ、示す方向に」


 魔法の基礎を理解し唱えたとき、身体の周りをなぞるように何かが近づいてきているのがわかった。最初に魔法を使った時とは少し違った感覚だった。それはやがて伸ばされた右腕へと収束され、指先に炎で作られた矢が生まれた。不思議とその炎はハルカの指先を焦がすことなくそこに停滞する。


「いけ、ファイアアロー」


 火の矢は普通の矢と変わらぬ速度で指先から射出される。それはまっすぐと飛んでいき、やがて的に突き刺さると小さな爆発と共にそれを包み込んだ。

 ハルカは先ほどより大きな胸の高鳴りを感じ、自身の唇がわずかに弧を描いていることに気づいた。どうやら改めて魔法を使えるということに興奮し、そして年甲斐もなく興奮しているらしいことを自覚した。


 それから立て続けに、ウィンドカッター、ウォーターボール、ストーンバレットを放つ。楽しくて楽しくて、にやにやするのを止められなかった。40年も生きてきて、こんなにワクワクしたことはなかったのではないだろうかと思うほどだ。射出される魔法はどれもハルカの思う通りで、これならばもっとほかの魔法だって、自由に撃つことができる気がした。

 心配していた頭痛も自分を襲ってこない。ただもし実戦で魔法を使っていくとなれば、自身の限界を知っておく必要はあるだろうと思い、ハルカはそれからも魔法をうち続けた。

 10発、20、50と繰り返すも、本に書いてあった頭痛が訪れる気配はない。段々と人から視線を集め始めていることに気づき、すごすごとハルカは訓練場の端に引き下がった。


 とりあえず50、それだけ撃てれば流石に足を引っ張ったりはしないだろうと自分を納得させて、他の冒険者たちの訓練風景をぼんやりと見つめる。

 ハルカは魔法の欠点のようなものについて考えていた。

 魔法は手や杖から射出されるとき、必ずしも1点に着弾するわけではないということに気づいたのだ。例えるならばそれは野球の投球に似ていた。全力で射出すればするほど、コントロールが難しくなる。ただあまりにノロノロとした射出をすると、止まっている対象にしか当たらなくなる。さらにコントロールが乱れれば、味方に着弾してしまう可能性もある。

 ベテランはそういった部分も訓練によって上手になっていくのだろうと推測はついた。

 ただ、ハルカは一番初めに自身がつかった魔法を思い出す。視線の先、その場所に突然燃え上がる炎。あれなら、コントロールをする必要はない。既存の魔法にそういった技術があるのかないのか、わかるまでは安易に使うつもりはなかったが、いざというときには役立ちそうだと思った。


 その後も変わらず他の冒険者たちの様子を眺めていると、唐突にお腹がぐーっと音を立てた。音を立てたことは恥ずかしくなかったが、新しいことに夢中になりすぎて、食事を忘れていたことに恥ずかしくなり、なんでもないような顔をしながら訓練場を抜け出した。

 宿に戻れば夕食にありつけるだろう。ただ、あの宿の値段も結局よくわかっていないし、どうしたものかと思いながらギルドの廊下を歩く。単純に無一文なものだから、どうしようといっても選択肢などないに等しいのだけれど。


 へこんでスタイルのいいお腹を撫でながらぼんやりと歩くハルカに正面から声がかかる。


「あ、いた。ちょっと話があるんだけど」


 角の先には今日の講師をしてくれたエリが腰に手を当てて仁王立ちしていた。

 ハルカはこれは痴女行為の断罪の時間に違いない、と顔をひきつらせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ