良い薬です
「はー、なるほどな、そりゃあ怒るわけだ」
聞きなれた中年冒険者の声が聞こえてきて、若い冒険者はゆっくりと目を開ける。
記憶をたどると、まず、アルベルトと戦って立ち上がったところを思い出す。
それからレジーナが出てきて、ボコボコにされて、とそこまで思い出して若い冒険者はもう一度目を閉じた。
視線をずらした先で、そのレジーナ本人がアルベルトと手合わせをしていたからだ。殺されると思った恐怖は未だ払拭できず、若い冒険者の心を支配している。
勝気な若者だから、いつかはリベンジをとなるのかもしれないが、今はまだその時ではなかった。
きっと目の前に立っただけでも足が震えてしまうだろう。
いなくなるまでこのまま寝たふりをしているつもりだったが、顔の上に影が落ちて「起きたです」という声が聞こえてくる。
仕方なくぱちりと目を開けると、モンタナが若い冒険者の顔を立ったままのぞき込んでいた。
すぐに中年の冒険者とハルカがやってきて、周りを囲い矢継ぎ早に声をかける。
「おい、大丈夫か? 頭おかしくなってねぇか?」
「怪我は治したつもりですが、痛いところはありませんか?」
「とりあえず謝っとけ、な? あの怖い姉ちゃんまだ怒ってっからな。起きたらもう一回やるってさっきまで騒いでたからな?」
中年冒険者の言葉にさっと顔を青くした若い冒険者は、急ぎ起き上がって逃げ出そうとしてから、少し考えてその場で正座して二人の訓練が終わるのを待つことにした。
もし逃げだした場合、もっとひどい目にあわされそうな嫌な予感があった。
現状の実力差を把握した以上、逃げ切れるとも思えないし、ここに至ってはもう謝るほかなかった。
そうして改めて二人の手合わせをじっと見る。
二人とも武器は木で作られたものではなく本物だ。
多少怪我をしたところでハルカに治してもらえるからという前提があるから、二人は寸止めするつもりはあっても、そこまでの過程で手加減をするつもりはない。
時にぴたりと動きを止め、時に激しく武器をぶつけあう手合わせは、もはや若い冒険者の目から見て、本気の戦いとさして変わらなかった。
今更になって、レジーナの拳に向けて手加減をしようと気を緩めた自分が、どれだけ相手を甘く見ていたかが分かってしまう。
とはいえ、大けがをしたらなかなか治らないどころか、冒険者生命が絶たれてしまうことだってある。本当は若い冒険者の方が正しいのだが、比べてみるとどうしたって自分の方がぬるく見えてしまうのは、仕方のないことであった。
「あいつら二人ともジーグムンドと同じ時の武闘祭に出てたんだってさ。決勝の相手があの怖い姉ちゃんで、お前の脳天かち割ってくれた方が決勝トーナメント一回戦負けだってよ」
「噓だろ……」
「これに懲りて、でかい声でどこにいるか分かんねぇ強者を挑発するようなことを言うのはやめるんだな。そのうち死ぬぜ」
今回は運が良かった。
じわじわとそれを理解し始めて、若い冒険者はハッとした顔をしてハルカを見上げる。
「……そういや、怪我を治したって言ってたよな」
「ええ、はい。痛いところないですか?」
「……あんた特級冒険者なんだってな。俺、聞いたことあるよ、あんたのことは。街の冒険者の一人が色々話してた。特級ってことはあんたはあいつらよりも強いのか?」
「あー、いえ、どうでしょう。優れた武闘家かって言われると微妙です」
「そりゃ魔法使いなんだからそうだろ。とにかく、治してくれたんだよな。悪かったな、助かった。本当に殺されるかと思った。……本当にまじで……、よく止められたな……。っていうか、あいつなんだよ、怖えよ……」
ハルカが止めてくれた時の状況を思い出して来たのか、段々としりすぼみになり、体を震わせ始めてしまう。
怪我は治っても心の傷は中々治らないものである。
「なぁ、あれって【鉄砕聖女】だろ。あの暴力者で有名な」
「あ、そうですけど、最近は少し穏やかになってきたんですよ」
「やっぱりか……。修道服着て鉄の棒持った、顔に傷のある乱暴な女。街に現れたら関わるなって有名な奴だぜ。前に俺の後輩が変な絡み方して殺されかけた。綺麗に手足の骨を折られたからかしらねぇけど、不思議と冒険者に復帰はできたんだけどよ、それから人が変わったように大人しくなっちまってなぁ……。よかったな、お前、この人がいて。下手したら数カ月便所も一人でできないような生活になるとこだったぞ」
若い冒険者は再びブルリと体を震わせてから一言。
「……さ、先に言えよ」
「特級冒険者のチームだって言ってんのに押しのけたのはお前だろうが。少しは年上の言うことも聞け、馬鹿が」
「……気を付ける」
随分と痛い目に遭ったが、いい薬にはなったようだ。
伸びた鼻は根本付近でぽきんと折れてしまったようで、若い冒険者はその後も二人の手合わせが終わるまで静かに座って待っていた。
最終的にアルベルトが腕とあばらの骨を数本やられたところで、コリンに仲裁されて手合わせは終わり。
ハルカはアルベルトの治療へ向かったところで、若い冒険者が目を覚ましていることに気づいたレジーナがずんずんと歩いて向かっていく。
ハルカが気づいて「あ」と声を漏らしたときには、若い冒険者は額を地面にこすりつけてごめんなさいをしているところだった。





