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私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
14章

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聞こえねぇよ

 アルベルトは木造りの大剣を自分の体で隠すようにして半身で構える。

 敵から剣の長さを測りにくくするための工夫だ。

 人と向き合う時のアルベルトは、柄を握る手の位置を調整しながら、距離を微調整することが多い。

 性格はおおざっぱで直情的なところがあるが、戦い方自体は基本に忠実かつ丁寧なのだ。レジーナやモンタナと比べた時に、実は格下が一番付け入る隙がない戦い方をするのがアルベルトである。


 アルベルトの構えから繰り出せる攻撃は斜め上に向けての切り上げ。

 それ以外は一度振り上げるか、途中で動きを止める必要がある。

 一撃をすかせば、隙ができやすい構えでもあった。

 それでもアルベルトがこの構えをするのは、相手からの攻撃を待つ気が全くないからである。


「いくぞ!」

「おう!」


 相手が勢いよく走りだしたのに合わせて、アルベルトも前へ出る。

 待って攻撃を受け止めるような格上の余裕なんて見せる気はみじんもない。

 どんな相手でも全力で勝ちに行くのは、アルベルトにとって当たり前のことだ。


 先ほど中年冒険者から、特級冒険者のパーティだと聞かされていた若者は、その気迫にまず気圧される。当然、余裕を持って動くだろうから、隙をついてやるつもりでいたのだ。

 こうなってしまっては、余計な入れ知恵だったともいえるだろう。

 しかし、逆に言えばやる気は全身にみなぎった。


 自分がそれだけの相手だと認められたと思えたからだ。

 アルベルトの剣の方がリーチは長い。

 間合いにはまだ入っていない範囲で、アルベルトは斬り上げの動作を開始した。


 右下から左上へ。

 当然その動きを予測していた若者は、一歩下がって一撃を回避する。

 そうして剣が勢いよく視界から消えた瞬間に、潜り込むようにして大きく一歩踏み出した。

 直後脳天に衝撃、続いて目からは火花が散った。


 攻撃が予測できていれば回避するのは当然のことだ。

 アルベルトからすれば、回避されるのは当然のことだった、とも言える。

 それでもアルベルトはぎりぎりまで相手の動きを見て、間合いに入ってくる動きが本気でないことを察していた。

 身体強化をせずに全力で斬り上げ、身体強化をして飛び込んできた相手の脳天を、剣の腹の部分で引っぱたいただけである。

 もし腹の部分ではなく、鋭利な部分で本気で振り下ろしていれば、身体の半ばくらいまでは切り裂いていてもおかしくない一撃だ。


 それでも崩れるようにその場に倒れた若者を見て、中年の冒険者は死んだのではないかと思って、ハルカが動き出したのに合わせて走り出し、追い抜いて若者の肩を揺すった。


「おい、大丈夫か、おい!」

「揺らさないでください」


 頭部に衝撃を受ければ、人は普通に死ぬことがある。

 悠長にそんなことを言ったハルカの方を振り返って睨みつける。

 文句の一つでも言ってやるつもりだった。

 しかし、真剣な表情でしゃがみこんだハルカを見て、そんな気持ちは引っ込んでしまった。

 ハルカは若い冒険者の肩を支えてゆっくりと仰向けに寝かすと、頭部付近に手のひらをかざして治癒魔法をかける。


 まもなく閉じていた瞼が開き、若者が跳ね起きた。

 呼吸荒く周囲を見て、慌てて手放していた木剣を探して握って立ち上がる。


「ま、まだだ!」


 若者が構えたのに合わせて、アルベルトもにっと笑って構えた。

 一発殴ってすっきりした上、相手がなかなか根性のあることを言ってきたので、やる気が出てきたのだろう。

 若者の方は治してもらったことにも気づいていない。

 まだ意識が戻ったばかりで混乱しており、状況の整理がついていないのだ。


「お、まだやんのか? よし、やるか」

「い、いや、止めといたほうが……」


 中年の冒険者が止めようとした瞬間、レジーナがアルベルトと若者の間にぬっと体を入れた。


「次はあたしの番だ、どけ」

「は? こいつは俺と」

「ハルカに止められなきゃ、あたしが先にやってた。どけ」

「はいはい、アルは交代ー、はい、ハルカもそこのおじさんも下がって下がって」


 コリンが仕切って二人以外を連れて少し距離をとる。

 中年の冒険者は「あーあ……」と言って頭を押さえたが、『何かあっても治す』というハルカの言葉は本当であったことを目の当たりにしたので、先ほどよりは心配していなかった。


 レジーナは素手だ。

 棒切れ一つ持っていない。


「おい、武器持ってこいよ」


 若者は状況についていけてなかったが、そんなレジーナの姿を見て馬鹿にされていると思ったようだ。レジーナは若者よりも三十センチほど身長が低い上、パッと見る限り細身だ。

 顔に着いた傷や目つきはかなりいかついが、それでも見た目からはレジーナの強さというのは分かりにくい。


「雑魚相手に武器なんかいらねぇよ」

「雑魚……? おい、どうなっても知らねぇぞ」

「喋るな雑魚、早くしろ雑魚」

「この……!」


 顔を赤くして剣を振りかぶって攻撃に移った若者は、直後繰り出された拳が木剣に向けて飛んできたのを確認した。木とはいえ、素手で迎撃しようものならば拳は酷く破壊されて、二度と使い物にならなくなるだろう。

 それでも振り下ろした剣の勢いは止まらない。

 拳と木剣が交わり、木剣が砕け散った。


 間髪容れずに飛んできた十分に手加減された拳が、若者の左頬を殴り飛ばす。

 そうして倒れたところに馬乗りになったレジーナは、マウントポジションで左右の拳を数度交互に振り下ろした。


 意識は失わない程度だが、痛みも衝撃も十分。

 若者は先ほどよりも明確に死を意識した。

 降参しなければと思った瞬間、胸ぐらをつかまれて引き起こされる。


「てめぇ、雑魚の癖に手加減しようとしやがったな?」

「す、すびま、せ」

「舐めてんじゃねぇぞ!」


 最後は見事に顔の中心に拳を叩きつけられて、そのまま地面に仰向けに倒れることになる。

 息も絶え絶えになって、流石にこれで終わるだろうと思った若者の耳に、地獄のような一言が降ってくる。


「寝てんじゃねぇよ」


 辛うじて開いた目が映したのは、腕に向けて振り下ろされようとしている足だった。やっぱりこのまま殺されるやつだと覚悟しつつ、それでも若者は必死で口を動かして降参を告げようとする。

 その時だった、もう一つ影が現れてレジーナを後ろから捕まえる。


「そこまで、そこまでにしましょう。降参ですよね? ほら、降参って言いましたよ」


 中年冒険者の真っ青な顔と、もうしばらくは止まりそうにないレジーナを見て、慌てて止めに来たハルカであった。

 若者は血まみれの口を開いて蚊の鳴くような声で降参の言葉を口にしたが、当然のようにまともな言葉になっていない。


「聞こえねぇんだよ!」

「私には聞こえたのでここまでにしましょ、ほら、ごめんなさいって言ってますよ! ほら、見てください、口が動いてます!」


 若者は必死で降参と繰り返し言っていただけだが、ハルカのフォローに感謝をしつつ、意識をゆっくりと薄れさせていくのであった。


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― 新着の感想 ―
レジーナからするとハルカのそばにいると強敵(魔王クラス)にごろごろ会えるけど、倒せないストレスもあるんだろうなぁw だけどたまにこうして丈夫なサンドバッグがハルカたちの見た目のせいで現れるからムカつく…
あんだけビビり倒してた特級相手に睨みつけて文句吐こうとするとかおっちゃんいい奴すぎる… そしておじさんとレジーナがもう完全にヤンチャな犬と飼い主にしか見えないw
更新お疲れ様です。 昔なら骨折りどころが目玉辺り潰す位やっても全くおかしくなかったのに…ちゃんと加減してあげるとか成長したなぁレジーナさん(しみじみ それでは今日はこの辺りで失礼致します。
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