ずれた感性
若者はアルベルトの喧嘩を買った。
大口をたたくだけあって自信があるのだろう。
立ち上がった背丈はアルベルトとさほど変わらず、腰に下げた武器はオーソドックスな長剣のようだった。
手合わせをするために二人はにらみ合いながら訓練場へと移動していく。
一緒に喋っていた中年男性も、面倒なことになったとでも思っているのか、酒を片手に「程々にしとけよー」とか言いながら立ち上がった。
仕方がないのでハルカもその後を追いかけると、レジーナがぎろりとハルカを睨みつけながらすぐ横にぴったりとついてくる。
「……あの、レジーナ、怒らないでください」
「あたしの方が早かった」
「すみません。でもほら、怪我させてもと思ったんですが……」
不公平なので、止めるなら両方止めるべきだ。
レジーナ相手にしどろもどろで言い訳をしていると、
「んー、アルがやらなくても誰かにとっちめられたと思うけどなー」
「そですね」
「それはそうかもしれませんけど……、あの、レジーナ、すみません、許してもらえませんか?」
レジーナは謝罪するハルカの前に立つと、不満そうな顔をしたまま指先をハルカの眼前に突き付ける。
「あいつが負けたら治せ。そのあとあたしがやる」
「いや、それはちょっと……、あの、どうかなと」
「なんでだ」
「アルに負けた時点で反省すると思うんですよね。その状態で怪我を治したとしても、レジーナと手合わせはしてくれないと思うんですが……」
「関係ねぇだろ。あたしがあいつをボコボコにしたいだけだ」
「あ、そうですけど、それは、ほら、ボコボコにする前に本人に手合わせをするかどうかだけ、ちゃんと了承を得てもらってもいいですか?」
「了承すりゃあいいんだな?」
「それなら、まぁ、あちらの意思もありますし……」
手合わせならば仕方ない。
そこがハルカの妥協ラインである。
「あの、すまん、ちょっといいか?」
話がついたところで、あちらの付き人である中年の冒険者が振り返って声をかけてきた。
「あんたら、勝つ前提で話してるけどな、あいつ強いぞ。俺よりは強いし、ここらの若手じゃ一番だ。それにあの青年本当に……、ん? 待てよ、あんたもしかして……」
途中まで話してから、中年の冒険者の顔色がさっと青くなる。
「ちょ、ちょっと待っててくれ、な?」
そうして走りだすと若者の肩を叩き、無理やり自分の方を向かせた。
「おい、悪いことは言わねぇ、止めて謝っとけ!」
「邪魔すんじゃねえよ!」
「ああもう! いいから耳貸せこら!」
「なんだよ鬱陶しい……」
内緒話の途中で若者は中年の冒険者の肩を押しやって「知るかよ!」と大きな声を出した。
「俺はな、自分の目で見たものしか信じねぇんだよ。余計なお世話だ、俺より弱いくせに!」
「てめっ、この、人が心配してやってんのに……! もう知らねぇからな!」
「おう、どっか行け、しっし!」
追い払われてのっしのっしと戻ってきた中年の冒険者は、憤慨した表情でハルカたちの横に並ぶと、さも仲間かのような顔をしていった。
「あの糞生意気なガキ、二度と舐めた口利けないようにぼっこぼこにしてやって下さいよ」
「え、ええと、いや、あまりそういうのは……」
「何言ってんすか。冒険者って舐められたら終わりっすよ。腕とか足の一本くらいへし折ってやれば良いんですよ。…………あ、でも殺さないでやってもらえます? まだ若いし、馬鹿で無鉄砲なだけで、そこまでわりぃ奴じゃないんで」
「あ、いえ、殺すとかはないです。もし怪我をしてもちゃんと治しますんで……」
「骨の一本や二本で済ますわけねぇだろ、舐めてんのかぶっ殺すぞ」
「え?」
「あ、ちゃんと治しますから。レジーナも手合わせですから、もしやることになっても程々でお願いしますね」
治せばセーフ。
骨の一本や二本や三本や四本なら、訓練でも良く折れる。
中年の冒険者は、まじまじとハルカの顔を見てから、目を数度彷徨わせてから卑屈な表情で恐る恐る尋ねる。
「……あの、やっぱあなたもしかして、特級冒険者のハルカさんですかね?」
「あ、はい」
「ですよねぇ……、いや、ホント殺さないでください、お願いします。あとでよく言って聞かせるんで」
ハルカが骨の一本や二本じゃ済まないこと自体は許容していそうな雰囲気を察して、中年の冒険者の方もだんだん若者が心配になってくる。
「いえ、本当に大丈夫ですよ、心配しないでください」
「あ、お願いします」
ハルカに保証されればされるほど不安は増すばかりだが、男はなんとかそれだけ伝えて黙って経過を見守ることにしたのだった。
訓練場へ着いた二人は、刃のついていない木剣で手合わせをすることにしたらしい。それでも当たり所が悪ければ死に至ることはあるが、アルベルトの腕ならば万が一もないだろう。
長剣と大剣。
自在に振り回すことができるのなら、リーチが長く重量のある大剣の方が有利だろう。
ハルカは心配はあれど心の中でアルベルトを応援しながら、どんな試合になるのかドキドキしながら、二人が向き合うのをじっと見つめる。
すぐ横で、違う意味でドキドキしている中年の冒険者の腕を、モンタナがポンポンと叩く。冒険者にしては闘争心の低い穏やかな性格をしている男のことが、ちょっと哀れになったらしい。
「な、なんだ?」
「本当に死なないから大丈夫です」
「あ、ありがとな、うん」
子供のように見えるモンタナにまで諭されて少しばかり冷静になったのか、男はゆっくりと呼吸をして心を落ち着けるよう努力するのであった。





