それぞれの感じ方
結果的に言えば、サラは自分の手で賊の命を奪ったわけではない。
それでも、知った顔が襲ってくるというのは、ただただ恐ろしかった。
サラはしばらくの間毎日のように〈オランズ〉の冒険者ギルドに通っていた。
その間には、ハルカたちとサラの関係を知ってさりげなく距離を縮めようとしたものだっていたのだ。
反転して襲ってきた輩の中には、そんな者たちのうちの一人がまぎれていた。
その男は、逆恨みで酷く憎しみのこもった表情でサラに向かって襲い掛かってきたが、攻撃を障壁で阻まれ、もう一人の魔法使い、テイルによって体を両断されて命を落とした。
まさに目の前でのことである。
逆恨みだろうが何だろうが、箱入り娘で育ってきたサラからしてみれば、強い感情をもろに向けられたことは衝撃でしかなかっただろう。無事に魔法を発動させられただけ立派である。
仲間たちが状況を確認している間に、ハルカはサラに近寄った。
「サラ! 大丈夫ですか」
ハルカがしゃがんで声をかけると、サラは泳いでいた目をハルカに合わせて、何度か瞬きをした。瞼にはジワリと涙がにじみ出てきたが、サラはぎゅっとこぶしを握って首を横に振る。
「……大丈夫です。はい、大丈夫です」
サラは自分に言い聞かすように『大丈夫』と繰り返し、最後に今度は首を上下に振って「大丈夫です」ともう一度言った。
強い子である。
自分の昔のことを思い出して、少しばかり恥ずかしく思いつつ、ハルカはサラの頭を一度だけ撫でて死体の回収を行うことにした。
サラの仲間たちも心配そうにサラを見ている。
出しゃばりすぎてしまったと、少しばかりバツの悪い思いだった。
死体を焼くべく戻ってくると、障壁の中にいた賊が自ら命を絶っていた。
どうせ街へ連れていかれれば尋問された末に殺される。
それならばいっそと、持っていた武器でということなのだろう。
ハルカは障壁を移動させて解除し、賊の全てを火葬することにした。
火力を上げてしまえば、時間はそれほどかからない。
気の進まぬ作業ではあるが、ハルカはすでに数百数千のアンデッドを荼毘に付した経験があった。慣れないけれど必要なことであった。
フォルテへの必要な報告はコリンたちがやってくれている。
隣で座って炎を眺めているモンタナに、ハルカは気を紛らわそうと話しかけた。
「他の街で冒険者をするわけにはいかなかったのでしょうか」
「……冒険者も、その多くは同じ街で一生を過ごすです。その方が生活が安定するですから。特に組織に頼ってる冒険者は、そこから追い出されたら、どうしたらいいかわからなかったと思うですよ」
「そういうものですか」
「そです。この人たちは割と〈オランズ〉から近いこの森を拠点にしてたです」
モンタナはハルカと、同じように近くにいるサラの横顔をちらりと見て、少しだけ悩んでから言葉をさらに続ける。
ちなみにレジーナもすぐ近くにいるが、こちらは賊がちゃんと燃えて、アンデッドにならないよう見張っているだけなので気にする必要はない。
「……もしかしたら、【悪党の宝】の人が来たら、復讐する気だったのかもです」
「私も、その、恨まれてたのかもしれません」
サラが自分を狙って攻撃してきた賊を思い出してぽつりとつぶやく。
こんな反応が来るのはわかっていた。
それでもモンタナが話したのには理由がある。
モンタナは一生懸命に生きているだけでも、人から妬まれ、恨まれることを知っている。だからと言ってそれに無頓着になるべきだとは思わないが、逆恨みをいちいち気にする必要はないと考えている。
冒険者なんて何かと戦うのが仕事なのだから、そこは割り切らなければならないのだ。
そんな考えをサラと、ちょっと気分が落ち込んでいるらしいハルカにも伝えようとしたところで、レジーナがぼそりと呟いた。
「関係ねぇよ」
レジーナやアルベルトの言葉はストレートだ。
時に考えて発せられた言葉よりもよほど説得力がある。
「殺し合いになったら殺すしかねぇんだよ。知らねぇ奴なんかのために死ねるか」
「そですね」
「…………そうなんですよね、結局」
モンタナが同意をすると、ハルカも少し遅れて頷いた。
サラにはそれが意外だったようで、目を丸くしてハルカを見上げる。
「私はもっと何かできたんじゃないか、とは思うんです。思うんですが……、いよいよ戦いになって、皆の命が危険になる時には、選ばなければいけないわけです。師匠に言われたんですよ。大事なものには順番をつけておくようにって。ちょっと上の方はぐちゃぐちゃなんですが、仲間とそうでない人の区別は、私もつけるようにしてます。だからと言って戦いの後に穏やかでいられるわけでもないのですが。本当に、困ってしまいますが、私はこんな性格なので仕方がないとも思っています」
ハルカは炎を見つめながらつらつらと語った後、サラの方を見て苦笑した。
「とにかく、私はサラが無事でよかったです。誰から恨まれようとも、私にとって、サラは大事な仲間ですからね。割り切れない気持ちは……、まぁ……、割り切れないままでもいいのだと思います。多分それもサラらしさ、ということですよね、モンタナ」
話を振られたモンタナは、こちらも目を丸くしてハルカを見上げる。
「……ハルカ」
「はい?」
「ちょっと強くなったです?」
「いえ、相変わらずへこんでます」
「そですか」
モンタナは素直なハルカの手を取って、自分の頭の上にポンと乗せる。
戸惑いながらもゆっくりと動きだした手は、いつもと同じく、優しくモンタナの耳をくすぐるのであった。