暗黙のルール
フォルテのいる場所に最初にたどり着いたのはハルカとモンタナであったが、やや遅れてレジーナが、それから他の冒険者たちも続々と姿を現した。
用件は皆同じで、森の中に何者かが隠れていそうだという話である。
「多分、襲ってこないです。人数的にもそんなに多くないです」
「分かるのですか?」
「大体です」
人数ははっきりとわかっていて、場所まで把握しているけれども、モンタナはフォルテにそれを教えるつもりはない。他人から、どれだけの力を持っているのか把握されてもメリットなどほとんどない。
普通の冒険者は自分の持っている情報を隠すものである。
「モンタナの言う通り、襲ってくることはないでしょう。このまま無視してやり過ごすか、それともこちらから仕掛けるか。フォルテさんはどちらがいいですか?」
昔のハルカであれば、来ないのならば放っておいてもいいのではと考えただろうが、今のハルカは、できるならば仕掛けて捕まえておきたいと考えている。
後々やってきた罪のない人が襲われるかもしれないことを考えれば、ここで対処しておくことは、力のある冒険者にとって努力義務のようなものだ。
「もちろん、退治していただきたい。方法は皆さんにお任せします」
「わかりました。……ええと、他の皆さんもよろしいですか?」
「異議なし」
「……あたしたちもそれでいい」
エリが声をあげれば、続いて仲間たちの表情を確認してからアルビナが返事をする。
「……敵の実力はわかりませんが、フォルテさんたちは私が障壁の魔法で囲って守ります。ええと師匠は……」
「あそこで寝てんぞ」
「放っとくです」
辺りを見回すと、設営されたテントの間で、ノクトが障壁を浮かべて、うつぶせでうとうとしている。今回本当にろくに参加する気もないらしい。夜に向けて冷えるので、風邪を引かないかだけが心配で、あとで上着でもかけてあげようかと思うハルカである。
それぞれで話し合って、向かって左サイドはハルカたち。
右サイドを他全員という形で割り振りをすることにした。
サラたちのことは心配だが、これも含めて護衛任務である。
賊たちはほとんど全員に悟られる程度の実力であるし、一撃で命を落としたりしない限り、ハルカが怪我を治してやることができる。
何かが起こる前から先回りして危険を排除しては、成長の妨げになってしまう。
ハルカがため息をつきながら、ぷかぷか浮いているノクトの背中に上着をかけてやる。するとノクトの片目だけがぱちりと開いた。
「起きてたんですか?」
「半分くらいですねぇ。賊でも出てますか?」
「はい。囲まれているようですが……、こちらの数が多いのでしり込みしているみたいです。あまり悪さをする前に、こちらで捕まえてしまおうかと」
「それがいいでしょうねぇ。ため息の原因は、サラさんが心配だからですか?」
開いた眼が閉じそうになっているノクトからの質問にハルカは苦笑する。
「まぁ、ええ、そうですね。でもあまり過保護も良くないので、反対側の捜索をすることにしました」
「それがいいでしょうねぇ。ハルカさん同様、サラさんもあまり人を傷付けるのは得意でなさそうですから……」
「……大丈夫でしょうか」
「さぁ? でも、乗り越えないと冒険者はできませんからねぇ」
ノクトは欠伸をすると、またぺったりと頬を障壁につけて眠ってしまう。
立ち去るハルカの背中に、くぐもった声が飛んでくる。
「見守るのも、保護者の務めですよぉ」
「……分かっているんですけどね」
ハルカは仲間たちと合流すると、すぐに進行方向左側の森へと分け入った。
モンタナの後ろにコリンとアルベルト。
レジーナの後ろにハルカが続き、ぐるりと賊を挟み込むような形である。
進んでいくうちに、先にモンタナたちの方から怒号が聞こえてきて、レジーナとハルカは走りだした。距離は十数メートルで、すぐに野太い悲鳴も聞こえてくる。
到着した時には賊はすでに逃げ出していた。
「どけぇええ!」
レジーナに向けて粗末な剣を振るった男の頭が、〈アラスネ〉の一撃で潰されて、こちらの始末はすべて終わった。ハルカが何をする暇もない。
見ていて気分の良いものではないが、ハルカもこれまで賊と幾度となく戦ってきて、流石に手加減はしなくなった。賊の拠点へ行くと、大概もてあそばれた旅人の遺体があるのだから嫌になる。
装備を見るに、おそらく冒険者崩れ。
死体が三つと、足を射られて逃げ損ねた男が一人。
逃げ損ねた男は、這いずりながら茂みの奥へと逃げていこうとしていた。
ハルカは男の周囲を障壁で囲み、逃げられないようにしてから近づいていく。
しばらくは障壁を叩いて何とか逃げ出そうと暴れていた男だが、振り返ったところにいるハルカに気づくと、息をのむような悲鳴を上げた。
「くそ! なんで、なんでお前らがこんな護衛任務受けてんだよ!」
ハルカたちの顔を知っているような口ぶりだった。
ハルカは目を細めてじっと男の顔を見つめ、やがて、それが街で見たことのある顔であることに気が付いた。
「……〈オランズ〉の冒険者、ですね」
男は目を泳がせてから「そ、そうだ!」と答える。
「お、同じ冒険者に何で襲い掛かってきやがった。ふざけんなよ、どうしてくれんだ!」
「だからなんだボケ」
レジーナは一言で男の言葉を却下し、ハルカの横にやってきていたアルベルトがはっきりと男の言葉を否定する。
「挨拶もしねぇでこそこそして、『敵対する気はなかった』は通じねぇだろうが」
「それは、俺たちも依頼で……」
「旅人を襲う依頼?」
「ち、ちがう!」
「じゃ、なんです」
仲間たちの言葉は冷たい。
そしてハルカも男を庇うつもりはなかった。
冒険者は舐められてはいけない。
街の外に出れば法など有って無いようなものだ。
あくどい冒険者たちが旅の途中で商人を襲っており、後々ギルドから追い出されたなんて話はごまんとある。
勘違いをされたくないのならば、明らかに護衛依頼を受けているハルカたちの前に、進んで顔を出すべきだったのだ。
「流石にそれは通じません」
ハルカがゆっくりと首を横に振ると、男は乾いた笑いを漏らしてから「畜生!」と怒鳴って、障壁を殴りつけるのであった。





