いつかの森
「あ、どうもよろしくお願いします」
「は、ハルカさん……」
「え? 何? 聞いてないけど」
「はっはー、喜んでいただけましたか!?」
サラは素直に驚き、それから喜んだが、エリの方はフォルテの髪の毛を燃やしてやろうかと、一瞬本気で画策するくらいにはイラついた。
ハルカと依頼が一緒になることが嫌だ、とかではなく、単純に冒険者として共同で仕事をする相手を知らされていなかったことに腹を立てただけである。
「一応言っておくけど、分かってたならもうちょっと早く知らせてよね」
「あ、もちろん。皆さんの関係が良好であると聞いていたからこそのちょっとした悪戯です」
「あ、すみません……。私の方もバタバタしていて……」
「ハルカが悪いんじゃないから。まったく、大商人って変なのが多くて困るわ」
エリはため息をついてじろりとフォルテを睨むが、本人は楽しそうに笑っているだけだ。これ以上言っても仕方がないので諦めている。
ついてきている豪華メンバーを改めて確認したエリは、フォルテに呆れた声で問いかける。
「〈オランズ〉から〈アシュドゥル〉までは、こんなに人が必要になる程危険じゃないはずよ?」
「もちろん知ってます。ただまぁ、私の場合は金を大量に持って移動する都合もあって狙われやすい。何より、一度【竜の庭】には依頼をしてみたかった! 断られた場合も大丈夫なようにエリさんたちにも依頼をしておいた、というわけです」
「……じゃ、私たちはいらないわね」
保険で雇われるなど、いくらハルカたちが対抗馬と言えども腹が立つ。
エリが腕を組んでフォルテを見据えると、フォルテは大きな目を更に丸くしてきょとんとした顔をした。
「いえ? もちろんエリさんたちの評判もよく調べたうえでお願いしています。丁寧、堅実、依頼の失敗をしたことが今までないでしょう? 護衛依頼は案外被害が出たり、相性が悪くて評判の低下につながるものです。エリさんの主導するパーティではその噂が一切ありませんでした。冒険者の見本となるような護衛依頼をこなしているのでしょう。事実出発前に色々と最終確認もしていただけましたし、これ程丁寧に準備してくださる冒険者とは出会ったことがありません。私は、期待できるか、信頼できる方としか一緒に仕事をしませんよ。それでもどうしてもご不満だというのならば、無理に止めはいたしませんが……」
意外なほどに真面目に調べられており、その上褒めそやされて、エリはすっかり恥ずかしくなってしまったようだった。トレードマークの三角帽子を目深にかぶりながら片手を横に振った。
「あー、いい、いい、わかった、分かりました。しばらくよろしくお願いします」
「良かった。それでは皆さん参りましょう!」
出発と同時に馬車に乗り込んだフォルテは、窓をガラッと開けてのんびりと外の景色を眺めながら馬を歩かせる。
全部で二十人程の大所帯だ。
そのうち半分が冒険者だというのだから、本当に豪勢なお金の使い方である。
もちろん護衛の役割はこなすのだが、やはりこれはフォルテの道楽の部分が大きい雇い入れなのだろう。
ハルカたちにとっては久々の地上の旅だ。
モンタナはいつも通り藪に潜っているが、どうせハルカの魔素の立ち上りを目印に適当に戻ってくるのだろう。
のんびりとした旅路であった。
アルビナはその後エリたちとちゃんと話し合いをしたようで、確執がある風ではなかった。二人から【竜の庭】所属への返事はまだ聞いていないが、ハルカはこの件を急かしたくなかったので、特に話題に上げないようにしている。
エリはこの世界で初めてできた友人だ。
エリの思うような人生を進んでほしいというのが、ハルカの偽らざる本音であった。
数日、平和な旅が続いた。
緊張がほぐれてきたのか、初めての護衛依頼に挑んでいるサラたちも幾分か口数が多くなってきた。
こういう時が危険なのではないかな、とハルカはなんとなく思うのだが、口うるさいことを言って煙たがられたくないので黙っている。
未だに人の気配が探れない自分が言うことではないかという思いもある。
この集団の主な斥候役はアルビナとモンタナで、二人ともきちんと周囲には気を配っているようである。
警戒をしているモンタナの耳は拾った音に合わせて、あちらこちら向きを変えるので見ていて飽きない。ハルカは一応自分なりに警戒をしつつ、頭上で魔法を展開して動かしつつ、時折モンタナの耳の動きに癒されていた。
さて、付いてきたノクトは、最後尾でふわふわと浮かびながら旅の一行の様子を眺めている。
サラたちには「僕はおまけですからねぇ、いないと思って動いてくださいねぇ」と言って、特に何を指摘するでもない。そもそも護衛の人数に含めていないので、本当にただついてきているだけの特級冒険者である。
特級冒険者の無駄遣いであるが、ノクトなんてハルカと出会うまでは大概フラフラしているばかりだったので、いつもとさして変わらない。
さて、旅に出て四日目の夜。
森の中腹で野営の準備をしているところで、モンタナが周囲をぐるりと見まわしてから、ハルカの腕をポンと叩いた。
「……何かいそうです」
「狼ですか?」
この森はかつて、最初の護衛で狼の魔物に襲われた場所である。
それを思い出しての問いかけに、モンタナは首を横に振る。
「多分人です。……今のところ襲ってくる気配はないですけど」
「……とりあえず、フォルテさんに伝えましょうか」
「そですね」
依頼主との情報共有は大事だ。
ハルカは薪にするための倒木を引きずりながら、フォルテがいる場所へと歩いて向かうのであった。





