フォルテ=アヴァロス
コリンの兄姉は、夜までしっかり居座ってコリンを構い倒して、満足した顔で帰っていった。ハルカたちからすればしっかり者のコリンが構われているのは新鮮な光景だったが、アルベルトは見慣れているらしく、話を振られても「おお」とか「あぁ」とか適当に返事をして干渉しようとしない。
帰った後は「あー、疲れたー!」などと言ってハルカに寄りかかって甘えてくる。
その姿を見たハルカは、ああ、確かに可愛がられて育ったんだなぁと納得である。
その日ものんびり過ごして翌日。
朝の早いうちに先ぶれがやってきて、ハルカたちの在宅を確認。
一時間ほどすると〈アヴァロス商会〉の面々がやってきた。
「やぁやぁ、お忙しいところよくぞ時間を取って下さいました。私は〈アヴァロス商会〉の会長を務めております、フォルテ=アヴァロスです」
〈アヴァロス商会〉の会長は、茶色い髪を首元までたらし、先端はくるんと外側に巻いていた。身にまとった衣装は豪奢で、鼻の下に脂か何かで固めた立派な鬚を蓄えていた。
鼻が高く目が零れ落ちそうなほどに大きなその男は、一度見たら忘れられない、鷹のような顔をしている。
商人というよりは、どちらかといえば貴族のような雰囲気を纏っているが、動きはきびきびとしていて、嫌な勿体ぶりは見えない。
「いやはや、既にお付き合いのある商会もあるそうで! ハン商会に無理をさせてしまったのではないかと、それだけが心配ですが……。とにかく! お会いできてうれしい。そちらの美女が特級冒険者のハルカさんですな。どうぞよろしく!」
表情もころころ変わり、最初の印象程偉そうな印象も受けなかった。
ただ、圧倒的な押しの強さは感じる。
初対面で一言も喋る前から、すでにハルカの心はやや後退気味だ。
得意不得意の二択で言うのなら、不得意なタイプである。
差し出した手を握ると、笑いながら盛大に上下に振られてしまった。
ハルカは笑顔で接しているつもりだが、ひきつっていないかが少しだけ心配であった。
「さて! 皆さんの噂はかねがね。ただ最近は冒険者ギルドで依頼を受けていないと聞いて、それならば是非と名乗りを上げた次第です。端的にこちらの依頼をお伝えします。目的は〈アシュドゥル〉の街までの護衛。日数は十五日程度で、週明けに出発。まさかお話を聞いていただけるとも思っておらず、二組ほど冒険者に依頼を出してしまいましたが、こちらも大所帯ですので人数的には丁度よいかと。いや、もちろん皆さんを侮るわけではない! 支払いを渋る気もさらさらございません。いかがなものか!」
「あ、はい、そうですね、はい。特に問題はありませんが……」
「ありがとうございます!」
「待って待って、もうちょっと色々聞かせてください」
ハルカがたじたじで返事をすると、条件を述べる前にお礼を言われてしまい目を白黒させる。
流石にまずいとコリンが待ったをかけたところで、力の強いぎょろ目がぐりんとコリンの方へ向く。琥珀色のギラギラとした目にまっすぐ見つめられたコリンは、そこで初めてハルカがこれだけたじたじになってた理由を理解した。
とにかくまっすぐ見られた時の目から出る圧力がすごいのだ。
意味もなく謝りたくなる。
「そちらはハン家のお嬢さんのコリンさんですな! 何かご不明な点等ございましたか!?」
「いちいち声がでけぇ」
耳に小指を突っ込みながらアルベルトが注意すると、フォルテはそちらを向いて数度瞬きをしてから「ははー!」と裏返った声で笑って自分の額をぺしんと叩いた。
「これは失礼。良き縁に少々興奮していたようだ。それにしても久々に人に注意というものをされた。最近では直接うるさいと言ってくれる人も減ってきましてな。いやはやありがたいばかり」
「あー……、はい。じゃ、まず報酬の話しましょっか、フォルテさん」
アルベルトが横やりを入れたおかげで、コリンも調子を取り戻したようだ。
冷静になって仕事の話を始める。
報酬の話を詰めていくと、確かにけちなことは言っておらず、むしろ大盤振る舞いであった。【独立商業都市国家プレイヌ】を支える大商会の資金力をまざまざと見せつけられたような気分である。
「一緒に仕事をするのは誰です」
「ああ、そうでしたそうでした。ええ、今後の可能性を踏まえて、この街で評判のいい若者と、その関係者で腕のいい冒険者を二人ほど雇ったんです。アルビナさんという三級冒険者を中心とした若手と、【金色の翼】のエリさんとカオルさんという二人組になります」
ハルカたちは沈黙する。
それはもう、ほぼほぼ身内と変わりがない。
コリンなんかは、さてはこいつ、最初からどこかしらのつながりで【竜の庭】とつながりを持とうと、しっかり根回ししてたなと確信した瞬間であった。
まぁ、だからと言って現状悪いことは何もない。
精々ハルカが心配するのは、サラに変な勘違いをされて嫌われたりしないかである。別に心配でついていくわけではないのだが、普段の行動を鑑みると、それをわかってもらえるかどうかが不安だった。
「いやはは! 本当に縁ができて良かった! スコット会長に時折自慢をされて、常々悔しい思いをしていたのですよ!」
「あ、そうですか。お知り合いなんですね」
「そうなんです。しばらく〈プレイヌ〉の街で見かけなかったので、どうしたかと聞いたら言葉を濁しましてね。調べたところ、【竜の庭】の皆さんと縁を持ったというじゃありませんか。問い詰めたところようやく白状しましてね。良き方々だと、運が良かったというではありませんか! 実を申しますと私はスコット会長とは幼馴染でしてね。彼は昔から優秀で人から好かれる男でしたよ。私とは良き友人であり強敵といったところで、昔から切磋琢磨してきた仲なのです」
「あー……、なるほど」
スコットの人柄的に、自慢などするはずがないと思ったけれど、聞いてみれば納得である。
つまりフォルテが勝手に調べ上げて聞き出して悔しがってたというわけだ。
面倒そうな幼馴染だが、フォルテから語られるスコットの姿は悪いものではない。
嫌いだとか言うわけではなく、本当にただ羨ましかっただけなのだろう。
偉い人というのは意外と子供っぽいところがあったりして面白いものだと、ハルカは自分のことを棚に上げながら苦笑するのであった。





