久々の普通の依頼
「うん、実はね、〈ハン商会〉で付き合いがある商会に、〈アヴァロス商会〉というのがある。金貸しをしていて、各町に一つ支店があるくらいに大規模な商会だ。【独立商業都市国家プレイヌ】設立前から、この辺りで手広く活動していて、今は国の評議会にも参加しているね。規模としてはハルカさんたちの付き合いがある〈ドラグナム商会〉といい勝負かな」
急に真面目な顔になったショウが話を始めると、みんな一斉に姿勢を直す。
一歩遅れて、みんなの様子を見て真面目な顔になったのはカーミラだ。
もともと森の中で生まれ育った優雅なお嬢様なので、商人だなんだと言われても今ひとつピンとこない。
とりあえず真面目な場面と気づいてきりっとした表情をしてみている。
「一応【プレイヌ】の行く先を決めるような大きな商会が、ハルカさんたちに護衛をお願いできないかと、私たちを通して頼んできたんだよね。だから一応連絡しておかなければなと」
「なんで直接こねぇんだろ」
ショウとは身内のようなものだからか、アルベルトの言葉も柔らかい。
「前も話したけれど、【竜の庭】はすでに随分と大きな宿になっているからね。耳ざとい大きな商会は、どこかで縁を持つ機会を探っている。〈ドラグナム商会〉と付き合いがあることは、すでに知られているから、先を越されたと焦ってもいるだろうね。〈オランズ〉の街の依頼ボードには、ほぼ【竜の庭】専用みたいな依頼も出ていると思うんだけど、まだ見てないかな?」
言われてみれば最近は冒険者ギルドの依頼は見ていない。
個人的な話や大きな話がありすぎて、街の冒険者らしい活動はしていなかった。
「そんなわけで、業を煮やした〈アヴァロス商会〉から私たちの方に話が来たってこと」
「パパはどうしてほしいの?」
「うん? いや、好きにしてもらっていいよ。もちろん受けてもらえれば、あちらは〈ハン商会〉に感謝するだろうね。でも駄目で元々くらいの気持ちだろうから、断られても問題はないよ。ここまで来たのは単純にコリンの顔を見るのが主な理由かな。ついでに依頼ボードの件と、〈アヴァロス商会〉の件の連絡ってところ」
「ふーん……」
コリンは家族がわざわざ会いに来たということ自体には喜びつつ、持ってこられた件についてはまだ詳細を聞いていないので何とも言えないところだ。
「ハルカ、どうする?」
「んー……、たまには働いたほうがいいですよね。その、ほら、お金とかもちょっと心配ですし」
「だよなー、しばらく冒険者ギルドから依頼受けてねぇもんな」
「あのさぁ……」
ハルカの言葉にアルベルトが同意すると、コリンが呆れ声を出した。
「お金の心配はしなくても大丈夫だよ? もちろんたくさんあった方がいいけど!」
「そんなにあるです?」
「……あ、いや、あるにはあるんですよ? それは私も分かっているんですが、冒険者らしい依頼を受けた感覚がないので、なんか、こう、働いているというより、自分の好きなことばっかりしている感じで」
ハルカがぽろぽろと言葉を零していると、ショウたちは目を丸くしてから笑った。
比較的しっかりしている姿ばかり見てきたせいか、今のハルカの反応が意外だったのだろう。
「アルもモン君ももうちょっと興味持ってよね。一応ちゃんと帳簿つけてるんだから、あとで最新のだけでもいいから見ておいて」
「え、いいよ、コリンが分かってんなら」
「そですね」
「コリン、私は帰ったら見せてもらおうかしら、ね?」
「あ、私もちゃんと見てます、はい」
コリンがジト目で二人を見たところで、カーミラとハルカが機嫌を取るように言えば、コリンは「もー」とだけ言って前を向く。
「仲が良いのねぇ」
「まぁね」
姉であるルオシが言えば、コリンはちょっと誇らしげに答える。
それがまたかわいらしく思えたのか、ハン一家は笑う。
「……さて、それでどうするかな? もし話だけでも聞いてくれるなら、先方にその旨を伝えてこちらを訪ねるように言っておくけど」
「うーん……、たまには普通の依頼も受けましょうか。私たち、冒険者ですし」
「ん、いいよ。長期間じゃなければね」
「あとむかつく奴じゃなけりゃな」
「護衛依頼久々です」
いつもの面々の賛成が得られれば、もう決まったようなものだ。
ハルカはショウへ向き直り軽く頭を下げる。
「〈アヴァロス商会〉さんには、お話を聞かせてほしいとお伝えください。その先の話はこちらでしますので」
「そうですか。ではそのようにお伝えします。……気をつかっていただきましたか?」
ショウは苦笑しながら上目遣いでハルカの表情を窺う。
ハルカはうっと詰まってすぐには返事ができなかった。
さりげなくやったつもりがばれていたことに気づかされたのだ。
今回の話には少しばかり違和感があった。
さりげなく色々な話に交えて伝えはしたものの、ハルカには、ショウから聞いただけの理由が全てではないような気がしたのだ。
むしろメインは『あちらは〈ハン商会〉に感謝する』という部分なのではないかと。
〈ハン商会〉が何かしら〈アヴァロス商会〉に借りがあるか、それともこれから何か貸しを作りたいのか。確証はなくとも、自分たちにとっても損がないのなら、話くらい聞いてもいいと思った部分は確かにあった。
「……いえ、たまには働かないと冒険者として忘れられてしまうかもしれませんからね」
ショウはまたふっと笑う。
そうしてもう一度しっかりと礼を言って、なぜかコリンの兄と姉を置いて、拠点から去っていくのであった。





