ソリスの目的
「彼女の場合は、あまり協力的でないことはすでに知られています。それに、もし他のものが接触を図った際に、上手く対応してくれるとは思えないのですよ。結果不審がたまり、乗り込まれてしまっては元も子もありません。その点ハルカさんであれば、街を救った英雄として、特級冒険者として実績は十分ですし、こうして話し合いの余地があります。怪しいであろう私の話を聞いて、どうしようかと考慮してくださるその姿勢こそが、説得力の一つになると思うのです」
それほど変な理由ではない。
ただ、やはりハルカは素直に頷くことができなかった。
聖女となれば、嘘でも〈オラクル教〉の考えに沿った行動をするべきだ。
身近にそうでない聖女はいるけれど、少なくともハルカはそう考える。
しかしハルカは〈混沌領〉の王である。
破壊者たちが慕い従う、強き王である。
聖女の称号を受け入れることは、人族に対しても、破壊者たちに対しても裏切りであるように思えてならなかった。
本来はそれすらもうまく利用して立ち回るのが大人であり、強さなのかもしれないけれど、どうしたってハルカは上手にやっていける気がしない。
長く悩み、考え、それから顔を上げたハルカは、まっすぐにソリスの目を見つめて答える。
「申し訳ありませんが、お受けできません。〈オラクル教〉が人々に希望を与えるために発足し、その役割を十分に果たしていることはよく分かっているつもりです。その考えに異議はありません。ただ、一部受け入れがたい部分が……」
「ハルカさん」
ソリスはハルカが語っている途中に言葉を遮った。
人の言葉を止めるには柔らかく、穏やかなものだったが、それでもハルカには十分だった。
「わかりました、みなまでおっしゃらなくても大丈夫です。ハルカさんの意思が聞ければそれで十分なのです」
それは自分の意見を押し付けるというよりは、ハルカに余計なことを言わせまいという気遣いのようであった。話を聞いてしまえば、ソリスはそれがハルカの口から出た言葉として判断をしなければならない。
それは時に、ハルカの立場を不利にすることだってあるだろう。
「……〈オラクル教〉の歴史も長くなりました。その間にも人々の暮らしは日々変わっています。その時代のうねりに合わせて大きな組織が変革する時には、大きな痛みが伴うこともあります。私はそれをできるだけ緩やかに行いたいと思いつつも、必要なことだとも考えています。あなたは、あなたの思うように生きてください。自分の手の及ばぬことを、大きな力を借りて何とかしようというのは少々甘えが過ぎました。年をとってもこんな具合でお恥ずかしいばかりです。悩ませてしまい申し訳ありません」
ハルカはすぐに返事をしようとして口を開き、それからまたしばらく視線を揺らしながら逡巡し、慎重に言葉を選びながら紡ぎ出す。
「いえ……、改めて色々と考える良い機会になりました。おこがましいですが、おそらく立場が違うだけで、私の考えはソリス様とそれほど大きな違いがないのだと思います。その……お断りしたこと、心苦しくはありますが……。私は私なりに、仲間と相談しながら、周りにいる人たちが穏やかに生きていけるよう尽力していければと……」
ソリスはにこりと穏やかに笑い、テーブルの上で指を組んだ。
「ありがとうございます。ハルカさんの人柄が知れただけでも、本当にここまで足を運んでよかったと思います。コーディ枢機卿があなたの話をするとき、時折楽しそうに笑う理由が分かって少しすっきりしました」
「……それは多分、私が変なことばかりするせいだと思います」
「どうでしょうか? そんな悪い意味ではないかと」
話が少しずつ和やかなものに変わり、最後には緊迫した雰囲気など一度もなかったかのように穏やかに、ソリスとハルカたちは別れることになった。孤児院の仕組みや状況についても色々と教えてもらうことができて、収穫は十分だ。
「なんか最後までいい奴だったな」
「……そうでしたね」
「途中怪しい雰囲気もあったけどさー……、なんか人格者って感じだったね」
「長年枢機卿をやってるんだからそりゃそうでしょ」
「いやいや、だからこそじゃない? ただのいい人が大きな組織でずっと上にいるのって難しいもんねー」
聞こえないくらいの声量で少々無礼な話をしながら去っていくハルカたち一行を見送って、ソリスとリリウムも反対側へと歩き出す。
「それで、どうだったのさ」
「どうもこうもないですよ。本当にあのままの、気持ちの良い子たちでした」
「そういえば、孤児院について色々聞いてたね。この街にはまだまだ手の及ばぬ子も多いと聞く。最近の話を例に出して心配していた風だけど……、あれは勢力拡大のためじゃないのかい?」
「悪くとらえようとすればそう見えてしまうのでしょうね。私もこの目がなければ、そうだったかもしれません。でもね、あの子は本当にただ、生活に困った子たちのことを心配していただけでした。本当にただ、『何かできることはないか』と考えているだけのようでした。この年になって、あれだけ強烈なのに、あれだけ暖かな魔素を見ることができるとは思いませんでした。思わず、ついていきたくなってしまったくらいです」
「浮気者だね」
「もちろん、リリウムも一緒にです」
二人は連れ添って仲良く孤児院へと戻っていく。
しばらく進んでから、「そういえば……」とソリスはぽつりとつぶやく。
「あの小さな獣人の子と、やたらと目が合いました。やけにまとまった魔素を纏っていて……、どこか見透かされるような……」
「なんだい、今度は少年の方が気になるのかい?」
「いえ、あれはもしかしたら、私と同じ神子なのかもしれないと思っただけです」
「それはあまりにも【竜の庭】にいろいろ集まりすぎだね。本当に放っておいて大丈夫なのかい?」
厳しい表情になって問うたリリウムに、ソリスはやはり柔らかい笑顔で答える。
「大丈夫ですよ。ハルカさんが変わらず元気にいてくれる限りはね」
「もし何かあったら?」
「うーん、人族は滅ぶかもしれません」
「はは、そりゃあ大事だ」
ソリスの言葉を冗談だと思って笑ったリリウム。
突拍子もなさ過ぎて、言葉を発した本人が至って本気であることには、長年連れ添ったリリウムでも気がつくことができなかったようである。





