教会の集会
「確かこっち……」
長いこと街に住んでいるコリンに案内をしてもらっているが、正直なところたどり着くかどうかには少しばかり不安があった。
それでも任せてほしいと胸を張っていたので、皆黙ってついていく。
急いでたどり着きたいわけでもないので、ちょっとした街の散歩のようなものだ。
少しばかり日差しは強いが、カーミラは日傘をさしているし、他は健康な若者ばかりである。
珍しく大通りでない場所を歩いて回るのも、新しい発見があって楽しいものだ。
絶対にこんなに複雑な道を進まなくても良かったはずだが、一時間ほどのんびり歩き、最終的にはちゃんと孤児院にたどり着くことができた。
だんだんと街の外れへ向かったときはどうなることかと思ったハルカだが、考えてみれば孤児院が商売における立地のいい場所にあるわけがないので、それで正しかったのである。
街の主な通りからは随分と離れていたが、敷地は十分に広い。
立派な教会に併設された家は、外から見れば一目では孤児院と分からないような普通の家だった。看板が立っているわけでもないらしい。
こうなると普段から教会に通っている人でないと、そもそも孤児院の存在自体を知らない可能性がありそうだとハルカは思う。
ハルカは孤児院と聞いて、なんとなく子供たちが元気に外で遊んでいるのを想像していたのだが、実際に来てみると妙に静かだ。
「静かですね」
「うん。この時間は教会で勉強してるんじゃないかな?」
「勉強……、そうですよね、勉強しますよね」
昨晩の話を聞けばわかるが、教会の孤児院というのは、子供たちがちゃんと育って恩返しをしてもらわないと成り立たないようにできている。
空いた時間に真面目に生きていくための知識を教えるのは当たり前のことであった。
教会に来ている〈オラクル教〉の信者というのは、そういった基本的な教養を持っている者ばかりなのだろう。
「それにしても随分と人が少ない気がしますけど……」
子供たちの姿がないのはともかく、一切の人の姿が見えないのはおかしい。
カーミラが首をかしげると、レオンは少し考えてから教会の方を見る。
「もしかしたら何か教えを説いている最中なのかも」
「……そですね、教会の中に人がいっぱいいるみたいです」
モンタナは教会を見てピピっと耳を動かす。
ハルカたちには何も聞こえないが、モンタナはこの距離でも何か声が聞こえているようである。
「見に行ってみるか」
「勝手に入っていいのかよ」
アルベルトが言葉とは裏腹に、先に敷地に入ったテオドラの後に続く。
レオンもその後に続いたので、ハルカも安心してついていくことにした。
「教会って来る者は拒まずだから。暴れたりすれば話は別だけど」
「暴れないでね、アル」
「何もされなきゃ暴れねぇよ」
コリンがふざけて忠告すれば、アルベルトが真面目に返す。
別にアルベルトだっていつもいつも喧嘩をしているわけではない。
元々むやみに弱い者いじめをするタイプではないし、ここ最近は随分と落ち着いて、仲間内だけの訓練で結構満足している。
もちろん、身近に滅多に出会えない強者がいれば話は別だが。
教会の扉は大きく両開きだが、今はぴったりと閉じられている。
開ければ随分と目立ちそうだが、テオドラは平気でドアに手をかけて手前へ引いた。
重たい扉がゆっくりと開けば、後ろの方に座っていた数人が振り返ってハルカたちを見る。
正面には一人の老爺が何かありがたいお話をしているようだ。
人と人との助け合いの話をしているようで、お年寄りにしては低くよく響くはっきりとした声が特徴的だった。
老爺は一瞬ハルカたちと目を合わせたが、にこりと笑うとそのまま説法を終える。
ちょうど話が終わるところだったらしい。
「うわ、マジか」
「なんでここに……」
テオドラとレオンが驚きの声をあげる。
どうやら前に立っている老爺に見覚えがあるようだ。
「お知り合いですか?」
「……枢機卿の一人だ。しかもかなりの古参。コーディさんとは割とうまくやってるらしいけど……、あの年でなんでこんなとこまで来てんだよ」
「枢機卿……って、コーディさんと同じですか」
「そう。でもコーディさんより格上。いっつも次の教皇だって言われながら、ずっと枢機卿やってる人」
説法が終わり、皆が解散して外へ出ていく。
子供たちは皆神妙な顔をしており、枢機卿の説法をかみしめているようだった。
それだけ話がうまいのか、子供たちが信心深いのか。
ハルカがレオンの話を聞きながらなんとなく人の流れを目で追いかけていると、それに交じって、今話題にしているその枢機卿までハルカたちの方に歩いてくる。
しかもなぜだかずっと目が合っているのだ。教会の出入り口付近にいるから当然のことなのだが、なんだか自分めがけて歩いてきているようにも見える。
ハルカは少し緊張しながら口を開く。
「あの、なんか、気のせいかもしれませんが、こちらへいらしているような……」
「うわ、本当だ……。もしかしてやっぱり勝手に入っちゃ駄目だったとか?」
「そんなはずはないけど……」
来ているとわかってしまうと、急いで逃げ出すわけにもいかない。
ハルカたちは、ただこの場にとどまって、のんびりと人の流れの最後尾に歩いてくる枢機卿がやってくるのを待つことしかできなかった。





