〈オラクル教〉の不思議な組織
「〈オラクル教〉はできてから長いでしょ。当初は避難してきた人たちが寄り添って協力し合って暮らしてたから、誰の子供とかあまり関係なく受け入れるのが当たり前のことだったんだって。その名残で、親のいない子供は〈オラクル教〉を家として育つ、って土壌ができたわけ。だから〈ヴィスタ〉の孤児院で育った子は、〈オラクル教〉への信仰が厚いし、大人になってからも孤児院に恩返しをする。たくさんの孤児院出身の教徒から支えられてるから成り立ってる、って仕組み」
大きな組織だからこそできる、広い視点の救済活動だ。
最終的には母体である〈オラクル教〉を大きくすることにもつながっているから、当然教育にも力が入れられる。
一朝一夕にはまねのできない難しい方法だった。
「では逆に、〈オランズ〉にある教会が運営している孤児院はどんな感じなんでしょう?」
「基本的には同じ形だけど、〈オラクル教〉からの支出が圧倒的に多いんじゃないかな。コーディさんはそれでごちゃごちゃ言われてるみたいだったし。そんなこと言ったって教会を引き上げたら引き上げたで、〈オラクル教〉の信仰者が減っちゃうわけだから困るだろうけどね」
〈オラクル教〉内部にある抗争の一端が顔を覗かせる。
「確かコーディさんは枢機卿なんだっけ? 結構偉い立場だよね」
「あら、詳しいのね」
イーストンの確認にカーミラが反応する。
〈オラクル教〉が誕生してからつい最近にいたるまでの長い期間、ずっと森の中で生きてきたカーミラは当然その歴史を知らない。
お姉様の邪魔をするちょっと迷惑な人たち、くらいの認識でしかなかった。
「〈オラクル教〉の一番上は教皇様。その下に各部門を統括する枢機卿がいるんだ。議題によって手を取り合ったりいがみ合ったり忙しいって聞くよ。コーディさんは枢機卿の中でも一番新しいから、あまり立場は強くないみたいだね」
「面倒な組織ですよ。枢機卿ともなると下手な貴族よりも発言権があります。なにせ信仰心の薄い者も含めるのなら、北方大陸の七割くらいは〈オラクル教〉の信者ですからねぇ」
ノクトの言葉には実感がこもっていた。
最近はともかく、かつては〈オラクル教〉とはっきり敵対していた時期もあるだろうから、その面倒さはこの中でも一番理解しているだろう。
師弟揃って〈オラクル教〉といがみ合っていて世話のない話だ。
一方でこの会に参加しているユーリの祖父、ナディムなんかは、南方大陸出身だから〈オラクル教〉への信心は薄い。南方大陸は北方大陸より争いも多く、宗教なんて存在しない地域であった。
だからこそ今もジワリと広まっていて、なんとなく神様の話や教えの特徴的な部分は北方大陸の人々と共通の認識として持っている。
宗教というよりはもはや教養の範囲になるのかもしれない。
「良いところもあれば、悪いところもある、ですね。もし〈オランズ〉の孤児院にも応用できることもあればと思いましたが、なかなか難しいみたいです」
「気になるなら見に行ってみる?」
「……嫌がられるのでは? おそらく、私の噂くらいは聞いているでしょうし」
確かに現場のことは知りたいハルカだけれど、わざわざ嫌がらせのように訪ねるのもと躊躇してしまう。
「どうかな。〈ヴィスタ〉の外にある孤児院に関してはコーディさんと、もう一人の枢機卿の担当だから。あ、ごちゃごちゃ文句言ってるのは他の枢機卿ね」
端的に説明するためとはいえ、〈オラクル教〉の信者であるのに『ごちゃごちゃ文句を言う』と表現するレオンは、きっと〈ヴィスタ〉でも変わり者なのだろう。
「最近は手が空いてるんでしょ? だったら遠慮せず、たまには僕にも働かせてよ。僕はそのためにここにいるんだから」
レオンは真面目な顔で訴えるが、内心では、たまにはハルカと出かけたいという気持ちもある。
お年頃なのだ。
「そこまで言うのなら、ちょっと足を延ばしてみましょうか。現地へ行ったら先に話だけ通してもらえますか? もしまずそうだったら、その時点で立ち去りますから」
「大丈夫だと思う。誰か一緒に行く人います?」
「一緒に行きたいけど……、どうかしら?」
不安そうに呟くのはカーミラだ。
一応〈オラクル教〉とごたついている間は〈オランズ〉への訪問を控えるという話だった。
しかし遠出についていけることが少ないので、やっぱりできることならばお出かけには付き合いたい。
「後ろで大人しくしてれば大丈夫じゃない? 夏で日差しも強いから、日傘をさしていてもおかしくないし」
「あら、今日は優しいのね」
「いつも優しくないみたいな言い方するのやめてよね」
最近はそうでもないけれど、イーストンは人に迷惑をかける吸血鬼に対してちょっとだけ厳しい。人生の大先輩であるカーミラにも、出会いが出会いだったせいで、長いことちょっと厳しめだった。
「それじゃあカーミラも一緒に行きましょうか。一応〈オラクル教〉との関係はある程度落ち着いていますし、気をつければ問題はないでしょう」
ハルカが告げれば、カーミラは花が咲いたように笑う。
本当は二人でお出かけを希望していたレオンだが、無邪気に笑うカーミラを見るとそんな気もどこかへ失せてしまう。
一応〈オラクル教〉で破壊者に対する危険性を学んできたレオンとしては、こんなに穏やかな吸血鬼の存在こそが、教えが嘘であることを表しているように思えるのであった。





