街の色
アルビナのこともサラのことも心配であるけれど、ハルカがそわそわしながら街で待っていたって何が解決するわけでもない。
仕事の無事を祈りつつ帰ったハルカは、畑に成った野菜に〈北禅国〉から持って帰ってきた味噌をつけてポリポリと食べる。それだけで何となく和の雰囲気を感じられて、ハルカとしては非常に満足いく逸品だ。
時間は夜。
暗くなってから訓練することもあるが、食事を終えた後の寝る前の時間は、必ず皆が空いている時間である。
広間なり外の焚火の周りなりで雑談をするのが日課であった。
今日もノクトをはじめ、大人たちが集まっている。
一応酒も用意されていて、今日は珍しくハルカに声をかけられたタゴスもやってきていた。
食事の時間に街であったことは一通り伝えた後である。
「それにしてもサラさんも遠征ですかぁ。魔法の腕を考えれば大丈夫だと思いますが、ハルカさんに似てちょっとお人好しなので心配はありますねぇ」
魔法を教えていたノクトとしては色々と思うところがあるのだろう。
自分専用の小さなコップでちびちびと酒を舐めながら呟く。
「心配するほどのことでもねぇだろう。俺なんか十になる前から街の外うろうろしてたぜ」
ハルカの食べている味噌を気味悪げに見つめながら、タゴスが自分の昔話を披露する。野菜スティックは持っているが、味噌をつけるかどうかはまだ迷っているようだ。
「それで生きてこれた子なら心配もしないけど、サラさんは元々箱入り娘だからね。事情がちょっと違うんじゃない?」
「当時の俺より強いんだからもっと心配ねぇだろう。訓練を見た限りそれなりの魔法使いだったぜ」
ずっと拠点で門番をしていたタゴスは、畑仕事を手伝う傍ら、ノクトの魔法指導の光景を見たこともある。
一級冒険者がそう評価しているのだから、実力はやはり十分なのだろう。
ただ、皆がしているのはそういう心配ではない。
体験したことのない厳しい現実にも触れることになるかもしれないという懸念である。
それは例えば人を傷付けることであったり、殺めることであったりについてだ。
安定した学術都市である〈ヴィスタ〉で育ったサラは、どうしたって感性が他の冒険者とは違う。
どちらかといえば、冒険者始めたての頃のハルカにも近い感性を持っていたっておかしくないのだ。
タゴスにはそんな都会っ子の気持ちはわからない。
首を傾げつつ、結局野菜には味噌をつけずにそのままバリバリとかじり出す。
「冒険者歴でいえばアルビナさんは私たちより長いですから、多少のことは何とかしてくれると思います。話してみた限り、随分と落ち着いているようでしたから」
そちらに関してはエリとちゃんと話ができていないと、精神的に落ち着いていない可能性もあるのだが、ハルカは無理やり大丈夫だろうと自分を納得させる。
依頼には万全を期して臨むべきだが、いつだってそうできるとは限らない。
多少メンタルが落ち着かなくても、その時出来るベストな状態で頑張ってもらうしかないだろう。
心配をしていちいち見に行ったりしたら、それこそきりがない。
「冒険者ギルドで情報を集めた限りでは、最近は道中で賊が出たという話もないようですし……」
「心配性ですねぇ」
ついてはいかないが心配だから情報収集はしてしまったハルカである。
内心を見透かされてノクトに突っ込みをいれられた。
知ったところで余計にドキドキしながら帰りを待つだけになるのだが、性分だから仕方ない。
「サラのことも気になるけど、僕は冒険者になったばかりの子のことも気になるかな」
目をしぱしぱさせながら、大人の集いに参加していたレオンが話題を変える。
テオドラはさっさと眠ってしまったが、ハルカが話をすると聞いて、ちょっと夜更かしをすることに決めたレオンだ。
二人とも育ちがいいから早寝早起きが習慣になっている。
「何が気になったのかしら?」
のんびりと尋ねたのはカーミラだ。
カーミラにとって話題というのは割となんだっていい。
皆と同じ時間をのんびり過ごせればそれで幸せである。
「親がいないから自分で稼がないといけないんですよね? 孤児院のようなものは頼らないんですか?」
「〈ヴィスタ〉にはあるんでしたっけ?」
「あります。すべて〈オラクル教〉の管理の下ですが。確か〈ヴィスタ〉以外でも、教会がその役割をこなしているはずですけど」
〈オランズ〉の街のことに詳しいコリンは、今日はもうアルと二人の自宅へ戻ってしまっている。ハルカも一応興味があって調べたことがあるが、あくまで調べただけで実際のことはよく知らない。
「一応そのはずです。その……普段から教会に通っているような、なんというか……、ある程度生活の保障をされているような子が、突然身寄りがなくなったりすれば、受け入れられるのだと思います。ただ、教会の世話になったこともなく、親もあまり興味がないようだと、昨日の少年のようになります。街では圧倒的にそんな子が多くて、全員を教会で助けていたらあっという間に立ち行かなくなってしまうと思います」
だからこそ街では〈悪党の宝〉や〈金色の翼〉が救済のような措置をとっているのだ。しかしそこからこぼれるものが多いのも事実であるし、たとえば〈悪党の宝〉の世話になった場合も、未来への選択肢は非常に狭くなる。
スラム街に生まれたような子供たちにとって、世間一般に言われる悪人になるのは既定ルートなのだ。
冒険者になって一旗揚げれば話は別だが、一般職について地道に生きていくという人生は端からあり得ない。
「そうなんだ。……なかなか厳しいね」
レオンもレオンで箱入り息子だ。
現実をしっかりと見つめるタイプだが、それでも広い世界へ出れば自分の知っている現実とは異なる部分もある。
「〈オラクル教〉がいくら大きいからといって、〈ヴィスタ〉でも全員を受け入れるのは大変なんじゃないですか?」
「ああ、あれはちょっと仕組みがあるんだよね」
確か〈ヴィスタ〉の孤児院には、レジーナも一時世話になっていたはずだ。
もし〈オランズ〉でも活用できるような仕組みがあるのならば、身寄りのない子たちの助けになるかもしれない。
他の面々は酒の肴に聞いているだけだったが、ハルカだけは身を乗り出してレオンの説明を待つのであった。





