うれしいこと
「レジーナ、ありがとうございます」
「なにがだ」
少年たちが先に休み、ユーリもうとうととしている。
きちんと目を覚ましているのはハルカとレジーナの二人だけだ。
「あなたのお陰で、助けに来るのが間に合いました」
「……そうかよ」
レジーナはぶっきらぼうに吐き捨てる。
ここまでの一連は、きっとハルカならこんな反応するのだろう、と考えていたそのままだったので、やっぱりなという気持ちもあった。
礼まで言われるとは思わなかったが。
「……よくわかんね」
レジーナの一言に、静かにユーリの頭を撫でていたハルカが顔を上げる。
「何がです?」
「あいつ、勝手に森に入って勝手に死のうとしてたんだぞ。それが助かって何が嬉しい」
「……うーん。それは確かに、そうなんですが」
ハルカは揺れる火を見ながら言葉を選んでいく。
レジーナが素朴な疑問をぶつけてきたのは成長だ。
質問をするというのは、相手を理解しようとしての行動だ。
本人は無意識だったとしても、そんな変化がみられることはハルカにとってとても嬉しいことだ。初めて会った時に四方八方に喧嘩を売っていた姿を思い出すと、涙が出そうになるくらいである。
「私は逆に考えるんです。準備もなく森の中へ入ったことが、死ぬほどのことだったか、と。もちろん、普通に考えれば命を落とすような行為ではあるんです。でも、それを教えてくれる人がいなければ気づけません。彼がもし森で命を落としていれば、妹のピナちゃんはとても悲しんだことでしょう。もしかすると生きていくことだって難しかったかもしれません。悲しむ人が減り、より良い結果になった。それが喜ばしいことだと思うんですよ」
ハルカは顔を上げてまっすぐにレジーナを見つめる。
「レジーナ、あなたのお陰で、彼と妹のピナちゃんは助かりました」
「よくわかんね。そいつら知らねぇ奴らだし」
「そうですね。確かに他人です。でも私とレジーナも、もともと他人でした。人と人の関係なんてよくわからないものですよね」
レジーナは眉間にしわを寄せて難しい顔をした。
生まれと育ちのせいで、その場その場を生き抜くことには長けていても、先々を考えることは学んでこなかったのだ。どうしたって腑に落ちる話ではない。
「いいんです。ただ、レジーナが人を助けてくれて、救出に来るのが間に合って、私は嬉しいですよ。だからありがとうございます」
レジーナはまたしばらく黙り込んでからごろりと地面に寝転がった。
そうして背中を向けながらぼそりと呟く。
「それはわかってた」
言葉の意味を理解できずにしばらく黙り込んでいたハルカだったが、やがて規則正しい寝息が聞こえてきたところで、急にすとんと腑に落ちて笑う。
レジーナの言葉はつまり、ハルカがそうした方が喜びそうだから助けた、という意味なのだ。
少なくともレジーナは、仲間であるハルカが何をどうしたいと思っているかを理解して、それに沿うように動いてくれたということになる。
ハルカの表情が緩む。
「ありがとうございます」
小さな声で呟いて、ハルカは見張りを交代する時間まで、一人でその感情をかみしめるのだった。
さて、朝が来るとすぐに、レジーナはぷいっと拠点の方へ歩き出してしまった。
「あ、あの! ありがとうございました!」
慌てて礼を言った少年の言葉にも振り返らないレジーナは、やはり昨日のハルカの説明には今一つ納得いってないのだろう。
でもハルカはそれでいいと思っていた。
価値観は違っても歩み寄ることはできる。
朝食の準備をするよりさっさと街へ戻ろうと、レジーナを見送ったあと、ハルカはすぐに子供たちを障壁に乗せて空へ飛び立った。
今となっては街の方が少し遠いくらいだ。
少年の歩みを考えれば、いかに的確に街から遠ざかっていたかが分かる。
偶然レジーナに出会っていなければ、まず命を落としていたことだろう。
ものの数時間で〈オランズ〉の街へ到着すると、ハルカは顔なじみの店に入り、二人に朝食兼昼食を食べさせた。
一度謝ってしまった少年はひたすらに恐縮し続けていたが、そこは多少押しが強くなったハルカの勝利である。
子供が遠慮をすることはないと言って食事をさせる。
そしてその足で冒険者ギルドへ行くと、ひょっこりと食堂の方へ顔を出してみる。
もしかしたらと思ってのことだったが、三人組のうちの一人、ローマンが退屈そうにもさもさと食事をしていた。
髪の毛がぼさぼさで、どうやら寝坊したらしいことが見て取れる。
「ローマン、ちょっといいですか?」
「うお、姐さん、おはようございます!」
「もう昼ですよ」
「いや、さっき起きたんで」
「そうみたいですね。他の人たちはどうしました?」
「ノーレンさんのこと案内してるみたいっす。置いてかれちまって暇してたんでなんでもどうぞ」
ハルカは少年の背中をそっと押して、ローマンの前に立たせる。
「この子、冒険者登録したところで……」
チラリと視線を送ると、少年はぎゅっとこぶしを握って真剣な面持ちでローマンを見上げる。
「あの! ぼ、冒険者がどうやって働いたらいいか分からなくて……! 教えてもらえませんか!」
「お、おう、そりゃあいいが、えらく気合入ってんなぁ」
「その、俺、む、昔、ハルカさんにスリをしたことがあって……、そ、それでもいいですか……?」
ローマンは何度か瞬きした後噴き出すようにして笑った。
「お前……度胸あるなぁ!」
両手で肩に手を置いて楽しそうに笑っている。
「多分、あなたたちの方が酷いことしてきましたよ」
「それは言わない約束じゃないっすか!」
ローマンたちはとにかく明るい。
少年は目を白黒させているが、きっとすぐに馴染むことができるだろう。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「あ、はいはい! また飲みましょ!」
ハルカはその場をローマンに任せて、昨日から街の人に預けている荷物を受け取りに行くのであった。
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