相反する気持ち
死にたいなら勝手に死ね、という気持ちはあったが、同時にちらちらとハルカの顔が脳裏に浮かんで鬱陶しかった。
だからレジーナはイライラとしたまま片手に少年を掴んで森を抜ける。
ほんの五分ほど歩いたところでハルカに均されて歩きやすくなった道にでた。
そこでレジーナはぽいっと少年を地面に投げ捨てる。
「なんなんだてめぇは、死にてぇのか死にたくねぇのかはっきりしろ!」
「し、死にたくなんか……!」
「じゃあなんで座ってた? ああ? あのまま座ってて生き残れると思ったのか?」
「それは、あ、あんたが、見えなくなったから……!」
「まっすぐ歩きゃ抜けられただろうが!」
「し、知らない! そんなことわかんなかった!」
レジーナであればわかること、できることも、少年にはわからないしできなかったりする。
普通に街で暮らしているのであれば、知らなくても分からなくても構わないのだが、森に入るために知っているべきことを少年は知らない。
それがレジーナには無性に腹立たしかった。
「知らねぇと死ぬんだ、馬鹿が」
必死に戦って、解放された。
信じられずに逃げて、たった一人で生き方を覚えた。
一人で活動できるようになった。
冒険者としての活動に慣れた頃、パーティの仲間に裏切られて死にかけた。
一人で生きるしかない。
一人で生きるのが正しいと思っていた。
弱いと死ぬ。
知らなくても死ぬ。
足を止めているだけでも死ぬ。
レジーナの人生の半分以上はそれが当たり前の暮らしだった。
だからレジーナはあがかないやつが嫌いだ。
中途半端で口だけのやつが嫌いだ。
死んでしまえばいいと思う。
というより、それが摂理だと信じていた。
しかし最近はどうも違う。
ハルカたちと一緒にいるようになってから、世界の仕組みはそれだけではないことを知った。
自分の正しいが、正しいでない時もあると知った。
レジーナは強くなった。
強くなって、生活が安定したからこそ考えるようになった。
他人の考えを想像する余裕ができてしまった。
森の怖さも知らず、生き残るすべも持たず、生きるために最後まであがかないような奴は、死ぬべきなのだ。
だが、レジーナはもしハルカがこの場にいたらと考えてしまう。
きっと腑抜けた顔をして、レジーナを『まぁまぁ』と宥めるのだろう。
そうして少年の言葉を聞いて、どうにかしてやろうとするのだろう。
甘いやつだ。
そんなことをしたって、こういう舐めた奴はいつか死ぬ。
だからきっと他の仲間たちが上手く話をして、とそこまで考えてまたイライラして近くにある木を殴りつけた。
木が折れて倒れてきたのが邪魔で殴り飛ばす。
「死にてぇなら勝手に死ね。あたしの前に出てくるんじゃねぇよ」
「い、嫌だ、し、死にたくない」
「てめぇみたいな雑魚が森に入ったら死ぬに決まってんだろ」
「でも、お、お金がないと、い、妹が街で待ってて……!」
「知るかボケ、働け」
少なくともレジーナがこの少年の歳の頃には、すでに散々顔見知りを殺してしまっていた。そうじゃなければ生き残れなかった。どちらかが死ぬしかないから、殺すしかなかった。
少年は〈オランズ〉に住んでいるはずだ。
森にこられるということは、近くの街に住んでいることに他ならない。
死ぬ気で動けばできることはいくらでもあったはずだ。
夢みたいな妄想を膨らませて森に入るなんて、ただの自殺行為でしかない。
少年が冒険者として学ぶ機会がなかったのは嘘ではないのかもしれないが、もし死ぬような覚悟でぶつかっていれば、道は開けた可能性の方が高いだろう。
一人で森へ入るよりは余程生き残れる可能性は高い。
少年が身の程知らずに、調子に乗って、希望的観測を抱いて森へやってきたことは疑いようもなかった。
ハルカならばまだ子供だからと思うのだろうが、レジーナには関係ない。
レジーナは、子供だろうが判断を誤れば殺される場所で生き延びてきたのだから。
レジーナにはどうしたらいいかわからない。
助けたくないけれど、助けないとイライラしてくる。
いっそぶっ殺せばすっきりするんじゃないかと思えるくらいだ。
そんな時、上空から「あ、レジーナ」と間の抜けた声が聞こえた。
スタッと降りてきたのは、ユーリと知らない女児を抱えたハルカ。
「あの、ナギが空を飛んでいたので何かあるのかなと……、レジーナは……ええと、この少年を保護してくれていたんですね。ありがとうございます」
そんなつもりはない。
間違ったことで礼を言われると腹が立つ。
「ちげぇ」
「ええと、でもほら、多分レジーナが一緒でなかったら……無事では……」
無事ではないはず、と言おうとして言葉に詰まるハルカ。
疲れて眠っている女の子、ピナと少年に配慮してのことだろう。
「うるせぇ、殺そうかと思ってた」
「あ、ええと、それはちょっと……。何か嫌なことを言われましたか?」
昔ならもうちょっと慌てていただろうに、妙に信頼のこもった視線を向けられるのもまた腹立たしかった。
「うぜぇ」
ハルカはイヤーカフを撫でながらちょっと困った顔をしてから、苦笑して「とにかく、ありがとうございます」とまた礼を言った。
レジーナが少年を守っていたのだろうと疑っていないのだ。
そして、きっと自分が来なくたってレジーナが少年を殺していないであろうことも信じている。
「そろそろ夜になりますし、この辺りで野営をしていきましょうか」
「帰る」
「そう言わずに。たまにはのんびりお話しでもしましょう」
「めんどくせぇ」
「ほら、子供たちもたくさんいますし、一緒にいてくれると助かるんですが」
「一人でいいだろ」
障壁を使えるのだから〈黄昏の森〉で野営するくらいならば何の危険もない。
言葉に詰まったハルカは目を泳がせた。
「……お願いします」
何も思いつかなかったらしいハルカがもう一度頼み込む。
レジーナは本当に面倒くさいと思っていたが、ため息を一つついて仕方なくしつこい宿主に付き合ってやることにしたのだった。
いよいよ3巻の発売が迫っています。
8/1発売小説わたおじ3、どうぞよろしくお願いいたします。