嫌いなタイプ
少年は恐る恐る立ち上がると、そろりそろりと歩いて肉へ近寄った。
後ろではナギがじーっと少年の行動を見つめている。
少年は震える手で、何度も何度も失敗しながら、かっぱらってきた短剣でなんとか肉を削ぎ落とした。
逃げるようにして戻ってきた少年は、その辺に落ちていた枝に肉を刺すと、レジーナに倣って遠火で肉を焼き始める。
後方では盛大に骨をかみ砕く食事の音が聞こえてきていたが、怖くて振り返ることもできなかった。
少年は気が散ってやや焦がしてしまった肉にかぶりつき、喉を詰まらせ、沸かせておいたお湯をごくごくと飲んだ。全身に血が巡るような感覚がして、生き返ったような感覚があった。
怖いながらもよくばって切り取ってきた肉はまだ残っている。
改めて水を汲みに行こうと立ち上がると、いつの間にか食事を終えて向きを変えようとしていたナギの姿が目に入った。途中で森に突っかかってぴたりと停止している。
大型の飛竜が動いていること自体が怖かった少年はその場で固まった。
するとナギは長い首を木の隙間から抜いて、その場でふわりと浮かび上がる。
翼を少し動かしているのだが、あまり体重を感じさせないゆったりとした浮上であった。
ナギはそのまま少しだけ浮かび上がると、方向だけ変えてまた同じ場所へ降りてくる。そうしてお腹の下に沢を置くような形でべったりと地面に寝そべり、レジーナと少年の様子を観察し始めた。
やることもないので、二人がここにいる間は一緒にいようと思ったのだろう。
大きなタイラントボアもすでに平らげてしまったので、ちょうどお腹も膨れていい気分だ。
沢の水も冷たくて気持ちがいい。
少年はがちがちに緊張したままそっと水を汲んで元居た場所に戻る。
のんびりとしてしまったせいで少しだけ肉がこげてしまっていたので、慌てて向きを変える。
少年だけが常に緊張している状態であったが、レジーナとナギからすればいつもとさして変わらぬ日常だ。
レジーナは腹ごしらえが終わるとその場で訓練を始める。
レジーナは新たに手に入れた金棒〈アラスネ〉を〈ダイアラスネ〉に変化させながら、間合いや威力を調整しようと考えているらしく、振り回しながらその操作を繰り返す。
今一つタイミングが合わず舌打ちをすることはあったが、ひたすらに訓練を続ける姿はストイックで、少年にとっては見たことのない不思議なものであった。
街にいる冒険者たちが訓練場にいる姿を見たことがある。
でも多くのものは少し汗を流すと戻ってきて、飲んだくれているのが常だ。
恐ろしい存在であるレジーナに対して、少年が心のどこかに敬意を持った瞬間でもあった。ボーっと見ていると、昼が過ぎ、段々と日が傾いてくる。
レジーナはある時急にピタリと動くのをやめた。
沢で顔だけ洗って、燃え尽きかけているたき火を見て顔をしかめる。
コップで水を汲み、いくつか乾いた薪を放り込んで新たに火を大きくして湯を沸かしてから、少年をぎろりと睨んだ。
「使ってんだから火の管理ぐらいしろ」
「あっ、ご、ごめんなさい」
水を二杯飲んでから、すっくと立ちあがったレジーナは、少年に「どけ」と言って貸していた器を回収し、水を汲んで消えかけのたき火に水をかける。それから燃えさしを蹴散らしたり踏み均したりして、さっさと森の奥へと歩き出した。
「え……?」
いつの間にかレジーナのことをどこか頼りにしていた少年は、間抜けな声をあげる。
それなりに長いこといたが、何も頼まれなかった。
レジーナにとってはそれが全てである。
森の中で生き残れるようには見えなかったが、死にたいのならば勝手に死ねばいい。
レジーナにはレジーナの都合がある。
これから真っすぐに拠点へ戻って、途中でのんびりと野生の動物を狩って持って帰るのだ。
「あ、あの! つ、ついてってもいいですか!」
少年は勇気を出して声を上げた。
ここに至ってまだレジーナの性質を理解できていないのだろう。
「勝手にしろ」
吐き捨てるように言ったレジーナは、振り返りもせずに道なき道を進んでいく。
少年は慌てて走って追いかける。
レジーナは時折手で先をかき分けながらどんどん進んでいくが、少年は森を歩きなれていない。枝や葉が顔に当たりいくつも傷ができていく。
三十分も歩けば普通に歩いているレジーナの背中がどんどん遠ざかり、もう見失う直前だ。
もしここであの背中を見失えば、二度とは生きて帰れない。
そんな思いが少年の中にあった。
「ま、待ってください! お願いします!」
声を張り上げても背中はさらに遠ざかる。
「待って、待って下さい、お、お願い、お願いします……!」
息を乱し涙すら流しながら必死に追いかけるが、ついにその背中を見失った少年は、空を見上げて足を止めてしまった。
大きな影が頭上を通り過ぎる。
先ほどまで一緒にいた大型飛竜、ナギだった。
心配してぐるぐると様子を見ているだけだったが、少年からはそれが自分をつけ狙っての行動のようにも思えてきてしまう。
膝をついて座り込む。
日が暮れて、段々と夜の闇が迫ってくる。
今日は周りから獣の声も聞こえてこない。
森は死んだように静かだった。
少年は木に背中を預けてその場で座り込んでいた。
このまま死ぬのだろうかと、ぼんやりとしていた。
すぐ近くの茂みががさがさと動く。
少年は動く力もなくそちらをみた。
しかし段々と恐ろしくなって、よろりと立ち上がる。
やはり死ぬのは怖いのだ。
自暴自棄はただの甘えでしかない。
そこへぬっと手が飛び出してきて、少年の胸ぐらをつかんだ。
「あたしはな、お前みたいなやつが、大っ嫌いなんだよ! くそが、むかつく」
レジーナは顔を寄せて怒鳴りつけると、胸ぐらをつかんだ少年を引きずるように茂みを進んでいく。
若干首が締まっている少年は、声も出せずにされるがままになっていた。





