レジーナのテリトリー
レジーナはぷらりと〈黄昏の森〉へ入った。
ハルカたちが出発した直後のことである。
何をするわけでもなくプラプラと森の中を歩きまわる。
この辺りに縄張り意識のようなものを持っていることからの警邏のようなものなのだが、本人は特に意味のない徘徊であると思っている。
ハルカたちが出かけていったから、しばらく遠出はないだろうとこうしてふらついているのだ。
折角新しい武器も手に入れたので、それを使う機会があるといい、くらいのことは考えていた。
初日はうろついているうちにナギが飛んできて、木をめきめきとなぎ倒しながら真横に降りてきたので、捕まえていた魔物を分けてやった。
自分一人ではどうせ食べきらないので丁度いい。
ナギはいつもこうして食べ物を分けてくれるレジーナと意外と仲が良い。
空を自由に飛んでいて、見つけたからわざわざ降りてくるくらいにはなついていた。
一晩を一緒に過ごして、翌朝もナギはレジーナについていこうとしたが、身体をいくら縮めてもバキバキボキボキと周囲を破壊しながら歩いていくことになる。
数歩歩いたところでレジーナは振り返ってナギと見つめ合った。
「邪魔だから帰れ」
ナギはしゅんとしたが、レジーナはそんなことでほだされたりしない。
ナギもそれをわかっているからふわりと空に浮かび上がると、ぎゃおぎゃおと空で文句を言ってから拠点の方へと戻っていった。
いつものことなのでレジーナもナギもそんなに気にしていない。
気軽な関係であった。
その日も森の中を歩いていると、数度中型飛竜が下りてきてじっとレジーナを見つめて数歩ついてくることがあった。彼らはレジーナが魔物を狩ると食べ物を分けてくれることを知っているのだ。
「なんもねぇよ、帰れ」
そうしてレジーナに言われると素直に空へと消えていく。
竜たちが勝手に集まってくるので、森の中でレジーナを見つけるのは案外簡単だ。
夕暮れにはタイラントボアの頭を正面からかち割り、その巨体をずるずると引きずって歩く。もう一度竜がやってくればくれてやるつもりだったが、〈黄昏の森〉の中心部辺りまでやってきていたせいか、竜たちの姿は見えなかった。
自分で解体をするかと沢を探してうろついていると、何やら人の気配がしてくる。
一瞬無視しようかと思ったレジーナだったが、なんとなくハルカの顔が頭に思い浮かび、ピタリと止まってから足先をそちらへ向けた。
たどり着いてみれば、少年が一人沢の横で倒れている。
こんなところで無防備に倒れてよく生きていたものである。
レジーナは何か介抱をするでもなく、焚火の準備をすると、黙々とタイラントボアの解体を始めるのであった。
パチパチと薪から水分が蒸発する音に、少年の意識が浮上する。
肉を焼くいい匂いは、少年の腹を刺激して、自分がまだ生きていることを悟らせた。
「腹、減った……」
ふらりと起き上がって肉に近づいていく少年。
辺りに人の姿はなく、今ならばあぶっている肉を盗んで食べることができそうだ。
少年が棒に手を伸ばした瞬間、身体が横に吹っ飛び、沢に落ちて水しぶきが上がった。
「勝手に食おうとしてんじゃねぇよ。殺すぞ」
弱っていようが何だろうが容赦しないのがレジーナである。
ただし加減は以前より上手になったようで、派手に吹っ飛んだ割に少年はすぐに立ち上がることができた。
「何……っ!」
「あ?」
ずぶぬれで立ち上がった少年は、妙な服を着たレジーナを睨みつけて固まる。
顔に縦横に走る傷に、身の丈以上ある金棒を肩に担いでいる。
肉の焼け具合を確認するためにヤンキーのように中腰になっていたレジーナは、声をあげた少年を睨みつける。
「んだこら、食いものどろが。なんか文句あんのか?」
片手で軽々と振られた金棒が、身じろぎする間もなくぴたりと少年の眼前で停止する。金棒の先端は近くで見ると視界をすべて覆うほどで、その太さが改めてはっきりと認識される。
もしこれが頭に振るわれれば、少年の頭など跡形もなく吹き飛ぶだろう。
声を上げたことをすっかり後悔していた少年が、息を飲んで黙り込む。
それが余計に気にくわなかったらしいレジーナは、そのまま〈アラスネ〉で少年の額を小突いて、また水の中に転がした。
「文句あんのかって聞いてんだよ」
「な、ないです!」
声を裏返して返事をした少年に向けて、レジーナはふんっと鼻を鳴らす。
そうして肉を一口齧ると、まだ生焼けであったことに気づき、顔をしかめて串をまた地面に刺した。
しばらく肉をじっと見ていたレジーナは、全く動かなくなってしまった少年をまたじろりと睨む。
「見てんじゃねぇよ、殺すぞ」
「は、はい!」
「水からあがれ」
「はい!」
言われるがまま少年が水からあがる。
ホントは優しい人なのかもしれないと、僅かな希望をもって火に当たりに行こうとすると、また「あ?」と威嚇をされてその場にぴたりと足を止める。
レジーナは金属のコップを取り出しておもむろに立ち上がると、少し上流へ移動して沢から水を汲んだ。
そうしてその金属のコップをそのまま火にかけて、沸かし始める。
少年の体が冷えることを心配したのではなく、汚いものをどかして水を汲みたかっただけであった。
少年はどうしたらいいかわからず、服からぽたぽたと水をたらしながら、その場に立ち尽くすことしかできなかった。





