再認識
黙り込んでしまったタゴスを見てまずいと思ったハルカはさらに話を続ける。
「そもそも私が交流している方々はみんな、ちゃんと話が通じるんです。例えば小鬼や半魚人はどうしても話し合いが難しいのですが、他の方々は人と同じように意思の疎通ができます。気質としてはさっぱりとした冒険者に近いです。負けたらいうことをきく、といった感じでしょうか。タゴスさんなんかはすぐに馴染めると思います」
「……そうなのか?」
戻ってきたタゴスが訝し気に尋ねると、ハルカは深く頷いて続ける。
「元々里を持つほどに仲間内で組織を作れる方々です。タゴスさんが思っているよりずっと話の通じる方々ですよ」
「何を食べるんだ」
「それも私たちと同じです。皆さん狩猟をしたり、農業をしたりしています。特に東端にある街の〈ノーマーシー〉では、コボルトたちが広い土地を耕して畑を作っています」
「……想像がつかねぇ」
タゴスが今まで見てきた破壊者は、人を襲って食うような輩ばかりだった。
ろくに言葉が通じないか、通じたとしても人を見下しすぎていてやはりあまり通じてる感じのしない吸血鬼。
タゴスでなくとも偏見は持つ。
「ううん……」
「いや、分かったそのうち直接見る。んで、こいつらは何でいるんだ? ついこの間〈オラクル教〉の連中とは揉めたばかりだろうが」
タゴスは前回スワムがやってきたときに、拠点の入り口で止めていた実績がある。
神殿騎士が来たら止めておくようにお願いしたのはハルカだ。
「あー……、ええと、〈オラクル教〉内部にもいろいろな勢力があります。この二人とは冒険者を始めて間もない時からの知り合いで、その別勢力から派遣されてきたような形になります。一応他の〈オラクル教〉の面々と、私たち【竜の庭】の関係を取り持つという名目でこちらに来ています。……といった感じでしょうか?」
話を振られたレオンが軽く咳ばらいをして口を開く。
「それに加えて、〈オラクル教〉からすれば、僕たちがここにいることで安心感もあるわけです。一応自分の組織のものが【竜の庭】を見張ってるわけですから。タゴスさん含め、冒険者の方々はあまり意識されていないようですが、正直言って特級冒険者と一級冒険者が山ほど所属する宿と敵対したい組織などありません」
「その割にはあいつら喧嘩腰だったがな」
「そこなんです。〈神殿騎士〉の一桁席の人には個人の裁量が多く与えられています。彼ら自身特級冒険者に相当する実力を持っていますから、それぞれ教義を自分なりに解釈して好き勝手しています」
「めんどくせぇ」
タゴスの一言が、ハルカたち側からの意見を全て集約した言葉だった。
前回の件もあるからこれ以上何かを仕掛けてくることは流石にないだろうけれど、だからと言って本気で油断することはできない。
「ホントだよな」
テオドラが笑いながら賛成したことが意外で、タゴスは妙な顔をする。
「ま、俺たちもそう思ってるからここにいるんだよ。立場はともかく気持ちの上じゃ俺たちもハルカたちの味方のつもりだぜ。そう邪険にすんなよな」
冒険者であるタゴスにとっては、言葉遣いも雰囲気も、レオンよりはテオドラの方が馴染みがある。そう前向きに来られると、あまり攻撃的な気分にもならない。
「俺たちも〈ノーマーシー〉までは行ったことないんだよ。今度一緒に連れてってもらおうぜ。俺はテオドラ、こいつはレオン。よろしくな、タゴスのおっさん」
「お、おう」
自分の周りにいる人の誰もが敵のように思えた思春期も過ぎて、すっかり気さくな性格に育ったテオドラである。
「……テオは……、なんだか大人になりましたね」
ハルカは何度も瞬きをしながらじっとテオドラを見つめる。
あのなんでも拒絶して、話しかけただけで舌打ちをしていた双子の片割れとは思えないフレンドリーさであった。
当時は周りにいる大人たちを見下し、味方などいないと勝手に何もかもを敵対視していたテオドラであったが、ハルカたちに出会ってからは随分と考え方が変わった。
自分たちの知らないことは世界にあふれているし、大して仲良くもないのに、身を挺して自分を守るようなお人好しもいると知ったことは大きかった。
「見りゃあ分かんだろ。こっちはすくすく成長してるんだよ」
「そうですね、大きくもなりましたものね」
今ではすっかり勝気な美少女である。
女性から怖がられ避けられることの多かったタゴスは、それもあって動揺している部分は多少なりともあった。
「あ、あとタゴスさん。これは一応本人たちから許可をもらっているのでお伝えするのですが、カーミラは吸血鬼で、イースさんは父親が吸血鬼で母親が人です」
「あ!?」
「あ、いえ、ほら、これも話していなかったなと」
驚いて大きな声を出したタゴスだったが、ハルカがしどろもどろ言い訳をしているのを聞きながら、改めて事実を飲み込んでなんとなく納得する。
確かに二人とも非常に容姿が整っているし、なぜだか夜に活動していることが多かった。
イーストンは畑仕事をたまに手伝っていて、細身の癖に力があるとひそかに評価していたし、カーミラは他の者たち同様にタゴスのことも仕事終わりに労ってくれることがあった。
どちらにもとくに悪い印象もない。
「血を吸わなくていいのかよ」
「吸わないと力は発揮しにくいみたいですね。イースさんに関しては人と同じ食事で問題ないと言ってました。……どうでしょう、何か他に聞きたいことがあればお答えしますが」
「……いや、いい」
「それじゃあ今度からは帰ってきたときのお話に参加してもらえますか? そこで色々とお伝えすることが多いので」
「わかった」
「家ももう少し近くに建て直します?」
「それはいい」
「そうですか……」
仲良くなりきれなかったとハルカが肩を落としたのを見て、タゴスはやっぱり変な顔をしながら口を開く。
「俺はこの宿の門番だから、ここにいるのがちょうどいいんだ」
それは、改めて自分が宿に所属していることをきちんと自覚したタゴスの、宣言のようなものだった。





