振り返り
タゴスはたき火跡の周りに置いた切り株にどっかりと座る。
いくつか用意されている椅子のようなものには、時折カーミラの元犬たちが集まってきて酒盛りをしているのだ。
同じように腰を下ろしたハルカたちとタゴスは改めて向き合った。
思えばタゴスがここに来た理由は、特級冒険者になるためだった。
それがハルカに手加減をされた上に敗北して、それ以来ここの番人のような事をしているのだ。昔に戦ったことのあるレジーナにも敗北したのは苦い思い出だ。
ここにいる冒険者たちの水準は非常に高く、実際手合わせをするようになってからは随分と実力が上がった。妙にカーミラの話ばかりするが、気の良い飲み仲間もできて、いつの間にかすっかりここに馴染んでしまっていた。
文句は殆んどない。
あるとすれば、宿主のハルカが、破壊者が云々と言っていることくらいだった。
「聞きたい事とは何でしょう? 最近の遠征についての説明ができていなかったので、その辺りのことは私の方からもお話ししたいと思っていたのですが……」
「待った」
また途中がぶっ飛んだ説明を聞かされそうになって、タゴスは手を開いて前へと突き出した。
「まず、最初から全部だ」
「最初から……というと……」
ハルカはしばし考えてから、はっとした顔をしてタゴスを見つめた。
「あ、一応ちゃんとタゴスさんは【竜の庭】の一員として登録してあります。まずかったでしょうか?」
「いや、それはいい」
「では、ええと……、〈混沌領〉に破壊者が住んでいて、今そちらの王様をしていること、ですか? だから基本的には〈オラクル教〉の方がこちらに来ないように見張っていてもらっているんですが」
「それだ! それは冗談じゃないんだな?」
「え、はい。あれ、すみません、ちゃんと説明したつもりでいたんですが……」
「ちゃんと聞かせろ、ちゃんと」
やっぱり聞き間違いではなかったらしい。
腰を据えて話しても同じようなことを言い出したので、今度こそきちんと話を聞くことにした。
タゴスは破壊者と殺し合ったことが多くあるが、それよりもよっぽど人と殺し合った経験の方が豊富なのだ。単純に破壊者とも人とも、まともに仲良くしてこなかったというのが正しい。
「ええと……、反対側の森を〈暗闇の森〉と言うのですが、そちらを東へ進んでいくと、リザードマンの里があり、五つの氏族が住んでいます。ここに大量に集まっていたアンデッドを討伐した後に、リザードマンが調査にやってきまして、その時に紆余曲折あってリザードマンの王位を譲られました」
「なんでだよ」
本当になんでだよとしか言いようがなかった。
人が破壊者の王になるなんて聞いたことがなかったからだ。
それはすなわち多くの人族との敵対を意味するのだから。
「力比べで勝つと王様になってしまう制度があるらしく……、流れで……」
「あんた、慎重そうに見えて抜けてるというか、大胆だよな」
「いや、なんかすみません、頼りなくて」
「そうは言ってねぇよ」
双子が互いに目を背けて笑い、ユーリがハルカの背中を優しくたたく。
「んで、続きは」
「えーっと……、リザードマンの里に、小鬼と、ハーピーがやってきて、色々あってハーピーがリザードマンの里に住むようになりました」
「……おう」
説明が雑なのだ。
どこまで細かく聴くかという話になってくるので、その辺りはいったんスルーするタゴス。
「それから、少し前に特級冒険者のカナさんが来ていたでしょう」
「ああ、強かった」
実は何度かタゴスも相手をしてもらった。
これまでにない不思議な実力差を感じての敗北だったが、堅実な戦い方を思い知る良い経験だった。態度の悪いタゴスにも、丁寧に、ここそこと注意をくれた、背中がむずがゆくなるような善人だった。
「あの時は吸血鬼の王を名乗る者を討伐しに行ってたんです。それが〈混沌領〉の東端にある〈ノーマーシー〉にいたので、〈混沌領〉を横断することになったんですね」
「おう……」
「その途中で色々とありまして、ええと、コボルトたちを拾って、砂漠のリザードマンとケンタウロスと知り合い、〈ノーマーシー〉に住んでいた吸血鬼を倒しました。〈ノーマーシー〉にはコボルトがたくさん住んでいましたので、その子たちの王様ということになりまして……。帰り道に人魚を保護し、巨人たちの長と手合わせをした結果、その辺り全体のまとめ役といった具合に」
「……あー、分かった。そういう流れか」
前回は早口でその辺りを省略して話されたせいでよくわからなかったのだ。
こうして聞けば経緯も分かって納得できるようなできないような感じだ。
「それからですね、〈混沌領〉の北海岸にて半魚人が出たので調査したところ、花人に出会いました。こちらも色々あって花人と樹人と、平和にやっていきましょうと約束しています」
「うん、ん?」
今まで聞いてこなかった話が飛び出してきて、タゴスにはややついていくのが難しくなったが、とりあえず好きなように話させてみる。
「そこからガルーダと……結局ラミアも、一応何でしょう、〈混沌領〉の私の守る範囲に加わった感じです」
「……つまりどういうことだ?」
「ええっと……。今は、リザードマン、ハーピー、コボルト、ケンタウロス、人魚、巨人、ガルーダ、ラミアたちの王をしていて、花人、樹人と同盟のようなものを結んでいる状況です。あ、他にもこまごまとお伝えすべきことはあるのですが……」
ちらっとタゴスの様子を見て、ハルカは一度口を閉じる。
受け入れに時間がかかりそうな雰囲気があったからだ。
こうして並べてみると随分と大きな話になったなぁとハルカは頷くが、このタイミングで一気にそれを飲み込まなければならなくなったタゴスは、そんな悠長な感想を持っていられない。
変な顔になって目が空の方を向いて停止するタゴスを、レオンとテオドラはちょっとだけ同情しながら見つめるのであった。





