タゴス訪問
一通りの報告と情報共有を済ませて数日。
ハルカは、毎度なぜか報告に顔を出してこない【魔狩り】のタゴスの下を訪ねることにした。
一応クランに入ってもらって、ちゃんと秘密も共有しているはずなのに、なぜか酒の席やちゃんとした話をしようとするとふらりと小屋へ帰ってしまうのだ。
何か不満でもあるのだろうかと、訪ねることにした次第である。
ちなみに今日はレオンとテオドラ、それにユーリも連れている。
前者は誰あいつ、という感じで、後者は近所の構ってくれるおじちゃんに会いに行く感じだ。タゴスは力仕事を代わりにやってくれるらしく、意外と畑仕事をしてる面々からも慕われている。
実はしっかりと強いタゴスは、アルベルトたちの訓練相手もよく務めており、毎日独自の訓練を積み続けている。
怪我をすれば治してやっているが、身体強化の訓練などではハルカに頼ってくることがない。
どうにも微妙にハルカたちと距離をとっている感じがするのだ。
訓練終わりに治癒魔法をかける時なども、どうもハルカに対する口調だけ変なのだ。いつも使い慣れない丁寧語を無理に使ってくる。
この機会にしっかりと親睦を深めておこうというのが、今日のハルカの目標であった。
小屋を訪ねると不在で、どうしたものかと待っていると、がさりと〈黄昏の森〉の茂みが揺れて、血抜きの済んだホーンボアを肩に担いだタゴスが歩いて出てくる。
「お、なんだ珍しい。ユーリがママ連れてきやがったのか?」
「ううん、今日はママが用事」
「お、おお、なんだよ……」
ハルカからの用事と分かると、タゴスは少し身構える。
実はこのタゴス、ハルカがちょっと苦手なのだ。
最初に手加減をされた上に、その後も他の面々との訓練で怪我をするたびに治癒魔法を使われている。
これまで怖がられて、誰ともつるまなかった者が、しれっと宿に誘い、その上でさらにしれっと破壊者の王をしているみたいなことを言って出かけていったのだ。
それ以来自分の耳がおかしかったのだということにして、ハルカたちの話の中には入りこまないように気をつけていた。
なにせ破壊者とつるんでいる割には悪いことを何もしないのだ。
それどころか聞いていれば人助けのような事ばかりしている。
タゴスは森の奥で暮らしていただけあって、破壊者と何度かやり合ったことがあるのだ。小鬼やオーク、それに吸血鬼と数回程度だが、あまり良い印象は持っていない。
破壊者の話が聞き間違いだというのなら、もしかしたら宿に入ったというのもなんかの間違いだと思っているくらいだった。
というか、そもそも権力というものが苦手で、全てのことが真実であったと認めてしまうと、目の前にいるハルカは王ということにもなる。
タゴスは王が相手だからといって跪くわけではないが、自分より強い奴が王だと言われると、もしかするとめちゃくちゃ礼儀正しくしなきゃならないんじゃないかと考え込んでしまうのだ。
とにかく諸々あっての苦手意識である。
決して嫌いなわけではない。
「タゴスさんはこの小屋を自分で建てたじゃないですか。良かったらこちらで頼んでちゃんとしたものを作り直してもらおうかなと思っているんですが、どうでしょう?」
「いや、いらねぇ……ですよ、そんなの。俺様、俺はこれで十分」
「……あの、タゴスさん。私は何か悪いことをしたでしょうか? 他の方と同じようにもっと気軽に接してもらって構わないのですが。何か問題があれば直しますので教えてください」
きっと昔だったら、ハルカはこうして聞くことはできなかっただろう。
随分と精神的に成長したものである。
だが、タゴスからすれば昔のままでいてくれた方が余計なことを聞かれずに助かったかもしれない。
「いやっ、そのっ!」
答えに躊躇っているタゴスを見て、レオンはスーッと目を細めた。
レオンの目には、タゴスが照れてハルカとうまく話せていないように見えたのだ。
だから何だというわけではないが、レオンはハルカに尋ねる。
「強そうな見た目をしていますけど、性格は大人しい方なんですか?」
レオンが何か思うところがあって発言したことはハルカにも伝わった。
それはタゴスにも伝わったし、当然いつも一緒にいるテオドラにも伝わる。
タゴスはスーッと剣呑な目つきになったし、テオドラは額に手を当ててあちゃーというポーズをとった。
「なんだガキこら」
「……ハルカさんがいない時は、もっとはきはき喋っていた気がしたんですけれど」
「おい、お前コラ、そもそも何でオラクル教のやつがこんなところにいんだ、あ?」
「ハルカさんがちゃんと説明してくれてるのに、あなたがそこにこなかったから知らないんでしょ。自分の怠慢を僕のせいにしないでください」
「……喧嘩しないで」
「レーオ、落ち着けって」
間に入って止めたのは、突然険悪な雰囲気になってしまったことに目を白黒させていたハルカではなく、冷静に横で話を聞いていたユーリとテオドラであった。
じりじりと距離を詰めていたタゴスの前にはユーリが立ち、レオンの肩をテオドラが掴む。
「二人ともありがとうございます。えっと、その件も含めて……、タゴスさんにお話があってきたんです。お互いに胸襟を開いて話ができたらなと……」
頭に血が上ったおかげで少しばかり調子を取り戻したタゴスは、鋭い目つきのまま振り返ってホーンボアを軒先につるす。
ついでにこんなガキに馬鹿にされるくらいなら全部はっきりさせてやろうと、心も決まったようだ。
「別にいいぜ。俺もちょうどいろいろと確認したいことがあったんだ」
「はい、お願いします」
ハルカはにっこりと笑って答える。
強面赤ら顔のタゴスを前にしても平気な顔である。
テオドラは冷静にハルカを観察し、内心で随分と度胸がついていることに驚くのであった。





