やりたいことは
休息もそこそこに、翌朝にはナギの背に乗ってハルカたちは拠点へと向かうことになった。
ハルカたちだけならばともかく、今回はヴィーチェも連れているのであまり長居すると街の人たちが心配をする。エリとカオルに関しては、ほぼ【竜の庭】に居ついているので特に問題はないのだけれど。
「……そういえば、エリさんたちって依頼をこなさなくていいんですか?」
帰り道に話を振ると、エリとカオルは顔を見合わせる。
すっかり【竜の庭】の拠点で訓練をつんだり、のんびりと露天風呂に浸かってばかりいるが、本来の冒険者としての仕事を最近はしていない。
実力が伸びていてもそれでは宝の持ち腐れである。
「……一級になりたいから依頼、受けたほうがいいのよね」
「拙者は全然【竜の庭】で過ごしていて問題ないでござるが、エリ殿がそう言うのであらばいつでも」
「カオル、もう【竜の庭】にいれてもらったら?」
「いやっ、そのっ、それは何というか!」
【神龍国朧】には戻れない事情があるらしいカオルは、あの辺りでは唯一である【竜の庭】の露天風呂に夢中だ。
しかもあそこに住んでいると、普通に街で暮らすようなお金がかからないので、ついつい長居してしまっているのだろう。
もちろん、エニシのことを心配して、という大義名分はあるのだけれど。
ただ、元は彷徨っていたところをヴィーチェに拾ってもらったという恩があるため、なかなかやめますとも言いづらい。
「別にいいですわよ? エリも、もしハルカさんのところにお世話になる方が夢が近づくと思うのならば、そうするといいですわ」
「ヴィーチェさん、なんで急にそんなことを」
ラジェンダ同様子供のころからヴィーチェに世話をされて育ってきた。エリは眉を顰める。
ヴィーチェはいわばエリの第二の親のようなものなのだ。
「ラジェンダもそう。うちだって年々人が増えてますわ。一人前になった子たちが巣立っていくのも、一つの形だと思いますの。もちろん、ハルカさんたちが受け入れてくださるのでしたら、ですけど」
「それは、二人でしたら歓迎しますが……」
妙な雰囲気になってしまって困っているハルカだったが、ヴィーチェが言葉を引き継いで話してくれる。
「宿を移ったからって関係は変わりませんわ。【金色の翼】は街の女性たちのための宿ですの。もっと世界に広く羽ばたくのであれば、竜の翼の方がふさわしいと思っただけですわ。エリ、あなたは街で名をはせた冒険者、で一生を終えるのかしら? やりたいことがあったんじゃなくて?」
「……ヴィーチェさんのところでもやりたいことはやれます」
「遠回りをして?」
ヴィーチェとエリは見つめ合う。
エリは半ば睨みつけているような形だが、ヴィーチェは穏やかに微笑んでいた。
「……しばらく帰らなかったから怒っているんですか?」
「怒っているように見えますの?」
「見えないですけど……」
「ならそういうことですわ」
ヴィーチェはさりげなく腕を伸ばし、自分よりも背の高いエリの帽子が少しずれているのを直してやった。
「そういうことですの。もし二人が来たら歓迎してあげてくださいまし」
エリの悩んでいる表情を見たハルカは、何を言うでもなく頷くことしかできなかった。
エリはしばらくしてから「変なこと話してごめん」と謝ってきたが、やはり普段ほど元気はなく、途中で降りて野営をしている最中も、一人で考えているような横顔を見ることが多くなった。
ヴィーチェは関係は変わらないと言ったけれど、エリにしてみれば大きな決断なのだろう。ハルカたちも様子を見ながらできるだけ思考の邪魔をしないように様子を見ることにするのだった。
特に何事もないまま数日が過ぎ、山を越えて拠点へと帰ってくる。
迎えに出てくる面々も、特に変わらず元気そうだ。
留守中に問題は起きなかったのだろう。
拠点に残っている中型飛竜たちも、のそのそとやってきてナギの帰りを喜んでくれた。〈飛竜便屋〉の中型飛竜たちも、今ではすっかりナギの手下である。
降りてすぐのところでのんびりと障壁の上で寛いでいたノクトは、ハルカの表情を見るなりふへへと笑った。
「上手くいったようですねぇ」
年を取ってくると人の気持ちを見抜く能力でも身につくのか、ニルと似たような反応であった。
「はい、つつがなく」
「夜にでもお話を聞かせてください。年を取ると土産話が楽しみになりますねぇ」
「あれ、ちょっと待って、ノクトさんだ!」
「おや、珍しい人が一緒にきまひはへぇ」
「相変わらず柔らかいね!」
走り寄っていったノーレンはノクトがしゃべっているというのに、その頬を手でつまんでぐにぐにと弄り回す。ノクトはのっそりと手を動かしてそれをはがす。
「人を見るなり顔を弄り回すのはやめてくださいねぇ」
「十年ぶりくらいじゃないかな? 元気にしてた?」
「うぅん、小さなころに甘やかしたのが悪かったのですかねぇ……。ユーリはいい子に育ってるんですが……」
ノクトは少し高く浮かび上がってぼやく。
「師匠とも知り合いだったんですか」
「うん、小さなころ、よく遊びに、来てくれてたんだよね」
ノーレンがジャンプしてノクトの下へ向かおうとするたび、ノクトもどんどん上空へと上がっていく。
「ノーレンさんとはどこであったんですかぁ?」
随分と上の方から声が降ってきた。
「後でお答えします。あの、ノーレンさんもその辺にしていただけると」
やっぱり性格というのは見た目に引きずられるものなのだろうなとハルカは思う。
自分も気をつけなければと思いつつ、不満そうに空を見上げるノーレンの背中を押して、拠点を案内してやることにするのだった。