ここに住みます
ナギと一緒に塔の近くへ降りると、わらわらとコボルトたちが寄ってくる。
「わぁ……」
声を上げたのはノーレンで、近づいてきた一人のコボルトを抱き上げて抱きしめる。
「もこもこだぁ……」
「誰! これ誰!」
抱きしめられながら声を上げているコボルト。
誰かは知らないけど、抱きしめられていること自体は特に気にしていないようだ。
王様が連れてきたのだからとりあえず安全な人なのだろう、くらいに思ってそうだ。
「ノーレンさんです」
「そっか、ノーレンかー」
構ってくれるとわかってわらわらとノーレンの下にコボルトが集まっていく。ノーレンがその場に座って撫で始めれば、ほとんどコボルトに埋もれたように見えなくなってしまった。
「意外なほど早かったな。首尾よくいったようで何よりだ」
のっそりと現れたのはニルで、少し離れた場所にはウルメアを連れ添っている。
「はい、あとは行成さんが頑張ると思います」
「ほう、陛下の声色を聞くに、一人も欠けずに成し遂げたようだな」
「分かりやすいですか?」
「うむ、まぁな。初めのうちはよく分からなんだが、最近はわかる」
ハルカたちがリザードマンたちの顔色が分かりにくいのと同じで、リザードマン達も人族の機嫌はわかりにくい。だが、ハルカは性格が分かりやすいので、声の調子ですぐにわかってしまうようだ。
「結果は上々です。……マグナスの最期もあっけないものでした。割と危うい部分もありましたが……」
今一つすっきりとはしないが、必ずしもすべての敵が華々しい最期を遂げるわけではない。これまでのことを考えればあまりにあっけなかったが、現実というのは案外そういうものである。
「それより、ラジェンダさんはどうでしょう?」
「今日は畑の方でエターニャと指示を出してる。仕事を覚えるのは早い。休みの日までコボルトたちと戯れているのは気が知れないが」
「あ、すっかり馴染んでいるようでよかったです」
ウルメアにとっては気が知れないかもしれないが、動物好きからすれば当たり前の行動なのだろう。今だってノーレンがコボルトたちに埋もれながらキャッキャと楽しそうにしている。
「他の冒険者たちはそれの護衛だな。きっとあれらが帰ってもラジェンダは大丈夫だろう。むしろなぜこんな果ての地まで来たのかが分からんくらいだ」
「ラジェンダは他人と触れ合うことがあまり得意じゃないんですよ」
「儂とは問題ないようだが」
「ああ、人族と、です」
「それで私と話すときにはたまに目が泳いでいるのか」
自覚的には人ではないウルメアとしては甚だ遺憾であるが、別にイーストンが相手だとしても接触はできないだろうから、たとえ吸血鬼であったとしても関係はない。
人っぽい造形であることが問題なのだろう。
夕暮れまで待つと、ラジェンダたちが戻ってきてハルカたちの到着に気づく。
真っ先に寄ってきて障壁で距離を置かれたのはヴィーチェだったが、そのすぐ後にラジェンダが寄ってきて深く頭を下げた。
「ハルカさん、連れてきてくださって本当にありがとうございます。私はこの街で暮らします」
「先ほどウルメアからも話を聞きました。馴染めそうで良かったです」
「本当に働きやすくて……。皆さん親切ですし、なんというか、その……、毎日が楽しいんです」
これだけ喜んでもらえるのならば、連れてきた甲斐があるというものだ。
「それにしてもホント、立派な街よね。コボルトたちだけで畑を耕しているとはいえ、毎年食料が余ってしょうがないんじゃない?」
エリが来た道を振り返りながら話す。背中にコボルトが勝手に列をなしていて、電車ごっこのようになっているが、エリは慣れてしまったのか気に留めていないようだ。
この辺りの平原には魔物がほとんどいない。
この街へコボルトたちを導いたジョー=ノーマによれば、この土地の土は初めから汚染されていなかった。逆に豊かな大地であったはずの場所は砂漠に変わっていたと日記に書いており、砂漠には魔物が大量にはびこっている。
それらもリザードマンやケンタウロスたちに阻まれているため、陸の端の〈ノーマーシー〉まで魔物がやってくることは殆んどないのだ。
そこにせっせと働くコボルトたちが住みこめば、畑がどんどん広がっていくのは当たり前のことである。
「はい。ですから本当は貿易なんかもできるといいんですが……。まだ詳しく調べてはいませんが、先日いただいた巨人たちの酒のように、特産品となるものがまだまだあると思うんです。人だから、破壊者だからと言わず、平和にやり取りできるようになるのが私の理想ですね」
「ハルカさんはさりげなくとんでもないことを言いますわよねぇ」
しばらく障壁にベタッと張り付いていたヴィーチェであったが、後ろには障壁がないことに気づいたのか回って近寄ってきたようだ。
澄ました顔をして話に入ってくる。
「それって、今の世界の人々の考えの多くを塗り替えるってことですわよ?」
「そうですね。……でも、ヴィーチェさんがラジェンダさんのためにここへやってきたように。必要とあれば人は非常識も受け入れられます。それと同じように、ちょっとずつ馴染んでもらえれば、いつか共存できる日が来るんじゃないかな、と思うんです。……変なことを言っていますか?」
「……いいえ、とっても素敵なことだと思いますわ。それはそうと、私はハルカさんのように強くない上、守らなければならないものも多いので、黙秘はできても協力は難しいのですけれど」
ヴィーチェはラジェンダのような冒険者ではない女性を山ほど世話している。
万が一ハルカの計画がばれてそれに協力していることが知れれば、まともに街で生きていくことは難しくなるだろう。
「どうしても敵対しなければいけなくなれば、その時は戦いが始まる前に、皆まとめてハルカさんのところにお世話になるのもいいですわね。そうしたらハルカさん側に立って戦うことができますわ」
立派に生活できる環境があるというのは心強いものだ。
もちろん今までの場所で今まで通り生活ができるのが一番なのだが、いざ敵対まで考えれば、ヴィーチェの言うような手段も取れる。
戦いになってしまうのは下策中の下策だけれども。
「あまり物騒なことは考えたくないですね……」
いつかはオラクル教との決着もつけなければならない。
しかし規模を考えれば、それが成立するのがいつになるかは想像するのも難しかった。
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