結構若い
レジーナは全力で踏み込み〈アラスネ〉を横に振り抜く。
まったく遠慮のない一撃であった。
ノーレンはその一撃が準備される間に、一歩下がりながら体を回転。その間に大鎚を持つ手を滑らせて根元をぎゅっと握り、その回転の遠心力を強めながら、〈アラスネ〉を迎え撃った。
これはレジーナの動作が遅いのではなく、ノーレンの動作が常軌を逸して速かっただけだ。体全体の身体強化をくまなく使い、必要なところに必要な力を適切に連結させていくことで、目にもとまらぬ動作の速さを生み出していた。
あまりの威力にレジーナの金棒が弾かれる。
辛うじて手放すことだけは堪え、右手だけでそのまま振りかぶりに移行。
左手を〈アラスネ〉に添えた時には左頬にビタリとノーレンの大鎚が止まっていた。
勝負ありだ。
これでアルベルト、モンタナと続いて三連敗である。
レジーナが「くそっ」と吐き捨てて構えをとき、負けを認めた。
なぜか見学していたアルベルトとモンタナまで悔しそうだ。
実力では文句なしの特級クラスだろう。
「強いね。多分体の使い方が段違いにうまいのかな」
「えっへっへ、ありがとうだね。流石に十代の子たちには負けないよ」
戻ってきたノーレンがイーストンに答える。
「十代の子ってあんたいくつなんだ?」
そこで見学をしていたトロウドがさらりと聞いた。
誰もが気になっていた質問だ。
「あ、僕ね、君のお母さんくらいの歳だと思うよ?」
「うっそでー。流石にそれはねぇだろぉ。しかし、ってことは俺よりも年上かぁ。にしても小さい体でめちゃくちゃに強いのな」
トロウド以外はあっさりとノーレンの年齢を信じる。
何せ身近にノクトがいる上、ノーレンの父親はあのクダンだ。
嘘を言う理由だってないだろう。
つい同年代だと思い込んでいたアルベルトは、変な顔をして「そりゃそうか」と呟く。
年寄りにしては若々しい言動が目立っていたが、きっとそれも見た目に引きずられているからなのだろう。見た目が若いとどこへ行っても周りが大人扱いをしないので、ノーレンのようになるのも普通のことなのかもしれない。
ノクトより少し年下らしいクダンの年齢を百二十から三十とすると、相当遅くに生まれた子だ。もしノーレンが五十だとしても、七十から八十の頃に生まれた子である。
クダンが奥さんと非常に仲が良いことがよくわかるし、ノーレンを大事に大事に育てたであろうことも容易に想像できる。
「なんでそんなに強いのに二級なんだよ」
「うん、だから元々は冒険者じゃなかったからだね。父ちゃんと世直しの旅したりしてたよ」
「……そういやそうだったな」
「でもさー、改めてノーレンさんが間に合ってなくてよかったよねー。オオロウと一緒に敵側にいたらかなりまずかったと思うもん」
オオロウ一人でも手に負えなかったのだ。
あの竜巻の中、ノーレンに隙間を動かれて暴れられたら、手の打ちようがなかっただろう。もうハルカがごり押しで何とかするしか方法はなかっただろうし、その間にマグナスに退却されている可能性も高い。
「えっへ、流石の僕も悪い奴だってわかってて味方したりしないよ」
「あー……それがですね、マグナスは人を操る腕輪を使っていまして……」
「うわ、怖い人だね……! 戦えなくてもそういうこと平気でできる人って本当に怖いんだから」
何か身に覚えがあるのか、ノーレンは体をぎゅっと抱くようにして震わせた。
「……そういう遺物って結構あったりするんですか?」
「いや、僕は見たことないな。でもいわゆる闇魔法で一時的に敵対させられたり、あることないこと吹き込んで洗脳したりとかもあるから。父ちゃんとユエルさんっていう人が喧嘩したの見たことあるけど、ホントにこの世の終わりかと思ったもんね」
ユエルとはかつてクダンと共に旅をしていたエルフの魔法使いだ。
【致命的自己】と呼ばれ、以前にハルカたちも手ひどくやり込められたことがある。
「うげ、あの人とクダンさん喧嘩したことあるのかよ……」
「うん、僕は逃げ回ることしかできなかったよ」
「生きてるだけすごいです……」
逃げ回っただけと言っているのに、ハルカたちの中のノーレンの評価がぐっと上がる。
「今は仲直りした?」
ユーリが尋ねるとノーレンはヘラっと笑う。
「うん、元々誤解だったからね。怖いよね、誤解。気をつけよう!」
結構本気で酷い目に遭った記憶があるのだろう。
ノーレンは真面目な顔をして何度も繰り返して頷いた。
人の住まない島での夜が更ける。
朝日が出る頃には出発し、再び日が沈むころには休み。
それを数度繰り返したところで、ようやく〈混沌領〉が見えてきた。
さらに近付いて〈ノーマーシー〉が見えてくると、ハルカたちに気づいたらしいナギが塔の辺りからまっすぐに近寄ってくる。
毎日空を眺めて過ごしていたのかと思うと、本当にかわいらしい限りだ。
「わぁ、竜だ! 本当に大型飛竜だ!」
ナギが近寄ってくるとノーレンは障壁の上で大はしゃぎだ。
その姿はとても結構な年上とは思えなかったが、やはりその姿にはよく似合った振る舞いであった。





