意外な知人
行成たちはハルカを見送って、穏やかであった表情をきりりと引き締めた。
まだまだやるべきことは山積みであった。
マグナスに対して積極的に協力をしていた家臣との付き合い方は改めて考えねばならないし、島内に潜んでいるかもしれないマグナスの協力者も探し出したい。
島民はころころと代わる領主に不安も覚えているだろう。
マグナスの時代に発布された法をどう扱っていくかの問題もある。
投獄したまま放っているマグナスの二人の部下だって、まだろくに話を聞けてすらいない。
とにかく目が回るように忙しかった。
「殿、ハルカ殿がまた近いうちに来てくださるといいですな」
それが分かっていながら大門は行成に気の抜けた話をしてくる。
行成はそれを咎めようとしたが、振り返るといつもは厳しい茂木までもが穏やかに笑って行成を見つめていた。
「……まぁ、そうだな。あれだけ〈北禅国〉の食事を気に入って下さっていたのだ。季節が変わる頃にはまた来てくれるのではないだろうか」
「うむ、いや、春じゃなぁ……」
「そうですなぁ」
「何を寝ぼけたことを言っている二人とも。もうしばらくすれば夏になるぞ」
二人が言っていたのは、行成がほんのりと抱いているハルカに対する気持ちについてだ。
行成は本当にハルカたちの姿が米粒のように小さくなるまでじっと見送っていたのだ。この忙しいにもかかわらず、身動きもせずにだ。
ただただ深い感謝によるものであると行成は思っているが、後ろから黙って見ていた二人からすれば、勘違いされるのも当然のことだろう。
「しかしのう、あのお方はちょっと厳しいのではないか」
「うむ。控えめであまり語らぬが、あのお方はいわば大王のような身分だ。行成様にはより大きく強く育ってもらわねば」
先に歩き出しながら内緒話を始めた家臣たちを怪訝な表情で見つめてから、行成はもう一度だけ空を仰いだ。
〈北禅国〉をより豊かな国にすることを誓いながら。
「うわぁ、本当にすごいね。こんなことしてよく魔素酔いしないなぁ」
ものすごい速度で移動をする障壁に感動し、海を眺めながらノーレンが声をあげる。
「オオロウに聞いたけど、ハルカさんってオオロウにも負けないほどに力持ちなんだよね? 僕も色んな強い人を見てきたけど、ハルカさんみたいな人を見るのは初めてだなぁ」
本人もよくわかっていないことなので、あまり褒められても謙遜も肯定もし辛い。
ハルカが困った顔をしてイヤーカフを撫でていると、アルベルトがプラプラと手を振る。
「参考にはならねぇけど目標にはなるよな」
「うん、わかるよ。身近に強い人がいると、追いつこうって気になるよね」
「お、お前分かってんじゃん」
どうやらノーレンは脳筋な部分もあるようだ。
アルベルトと意気投合している。
「俺からすりゃあ皆さんまとめて意味わかんねぇすけどね」
海面を見ながら聞いていたトロウドが言うと、今回トロウドとセットで行動することの多かったユーリが答える。
「皆強いから」
「ユーリも俺より強いもんな」
「うん、守ってあげる」
「ありがとよ、俺は戦いはどうも不得手でね」
二人とも気安く話して楽しそうである。
「そういえばハルカさんたちって冒険者宿の仲間?」
「はい、そうですよ。【竜の庭】って言います」
「へー、なんで竜なの?」
「あ、実は拠点に大型飛竜と中型飛竜がいるんですよ。今向かっている先にも、ナギという名の大型飛竜が待っています。〈ノーマーシー〉についてからは、そのナギの背中に乗せてもらって拠点まで帰ることになりますね」
「ホント!? わ、大型飛竜乗ってみたかったんだよね! 南方大陸には飛竜ってあまりいないからさ。うわぁ、楽しみだ!」
恐れることなくはしゃぎ始めるノーレンはまさに冒険者であり、まるで子供のようでもあった。目つきだけで人を殺せそうなクダンとは似ても似つかない。
ただ、大事に育てられたのだろうなぁというのはよくわかる人柄をしていた。
「……ん、ちょっと待って。もしかしてハルカさんたちってイェットたちのこと知ってる?」
不意に知っている名前が出てきて、ハルカは記憶の糸を手繰り寄せる。
イェットというのは南方大陸出身の背の低めの美少年だ。
ラミアの女性と個性豊かな仲間たちを連れており【自由都市同盟】に協力してくれる冒険者を探していた。初対面の時にクダンの知り合いという話をしていたので、確かにノーレンの知り合いである可能性も十分にあった。
「知っていますよ。【自由都市同盟】の冒険者の方ですよね」
「そっか! 北方大陸の有望な冒険者ってハルカさんたちのことだったんだね。イェットたちから話聞いてたんだけど、あんなとこで逢うとは思ってなかったから気づかなかったよ」
「お知り合いなんですね。彼らはお元気ですか?」
「うん。相変わらず南方大陸で冒険者活動してるよ。今は冒険者宿も作ったって。イェットは恥ずかしがってたけど、【かわいい掃除屋さん】って名前だったはずだよ。他の人たちがスイスイって言うから、皆正式名称よく知らないみたいだけどね」
「へぇ、ってことはあいつらも全員一級になったんだな」
モンタナがピクリと耳を動かし、アルベルトがにやりと笑う。
同年代であることも相まって、そこはかとないライバル意識を持っているのだろう。
「なんだか世界って狭いよね」
「そうですねぇ」
ノーレンが言えば、ハルカも確かにそのとおりと頷く。
空を自由に飛んだり、小舟で大海原に繰り出すような事をするからこそ、世界が狭く感じるのであることに、本人たちは自覚がないようであった。
拙作の
『たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること2』
も書影が出ているようです。
良かったら是非是非是非に……!





