ご機嫌な出発準備
朝食を済ませてから出発をしようということで、いつも通りの面々で食事を囲む。
すると自然に〈北禅国〉の面々から出る話題は、基本的にハルカたちへの礼ばかりとなった。
その流れでノーレンもハルカたちが〈北禅国〉から去ることを知る。
ノーレンは黙ってもぐもぐと食事をしていたが、一足先に立ち上がると「ちょっと出かけてくる」と言って出て行ってしまった。
ハルカたちが大丈夫だと太鼓判を押したうえ、毎日のように仕事を手伝っているので流石にノーレンに対して厳しい目を向ける者はもういない。
一応帰るまで数日かかるということで、帰りの食事を準備しているうちに、ノーレンが海の方から縄のかかった壺を担いでやってくる。
そういえばノーレンの乗ってきた小舟に載っていたなと、全員が初めてその壺の存在を思い出した。
「あの、悪いんだけど僕も一緒に送ってもらえたりしないかな?」
ハルカたちは軽くアイコンタクトを交わすが、特に誰も反対はしない。
別にノーレンに対して悪感情を抱いている者はいないし、そもそも世話になっているクダンの娘だ。あの小舟で大海原に乗り出すかもしれないことを思えば、こちらから提案してもいいくらいのことだった。
「ええ、構いませんよ」
「やった、ありがと! 多分さ、知り合いの少ない北方大陸の方がまだ依頼を受けやすいと思うんだよ」
「ってか、その壺なんだよ」
「え、これ? これはね、遺跡で見つけた遺物。海水を入れると水に変わってちょっと苦い塩がとれるんだよね。便利だよ」
一口に便利だよと言われれば確かにそうなのだが、価値を考えるととてつもない代物である。魔法を使えれば水には困らないが、ついでに塩まで生成してくれるのだ。商人たちからしたら垂涎の品だろう。
「それっていっぱい持ってるの?」
案の定コリンが興味津々だ。
「ん? これ一つだけだよ」
「一つしか持ってないのに、舟の中に置いてきてたの……?」
「いや、見た目ただの壺だし、誰も持ってかないかなぁって。あの時はちょっと焦ってたしさぁ」
大物なのか物に無頓着なのか、どちらもなのか。
「それって、どこの遺跡で見つけたのか聞いてもいい?」
「うん、もちろん。【鵬】西の方にある島だね。海の上に出てる部分はそんなに広くないんだけど、地下に遺跡が広がってて面白いよ。でも変わったアンデッドがいっぱいいるから気を付けた方がいいかな」
さらりと答えられたのは厄介そうな遺跡の詳細だった。
やはりノーレンはきちんと実力を備えている冒険者なのだろう。
「ね、ね、他にも遺跡の場所とか知ってたら教えてよ。気になるかも」
「うーん、別にいいけど……。小国群にはけっこうたくさん遺跡があるんだ。そこを拠点に国を広げてる王様とかもいるし」
「ええー! すっごく気になる!」
アルベルトやモンタナも耳をそばだてているが、コリンが一番興奮していた。
興奮の向いている先は、未だにノーレンが見つけるような面白い遺物が見つかるという情報に対してだろうけれど。
そんな盛り上がっている場所とは一転、なぜかにらみ合っているのはオオロウとレジーナであった。見送りに来たオオロウと目が合って、レジーナが「なんだよ」と言って以来見つめ合っている。
「なにしてるの君たち」
呆れた顔をしてイーストンが尋ねると二人は同時にそちらを向いた。
「こいつが睨んできた」
「睨んでいない」
「ふーん、オオロウは何か用事?」
あれ以来時折オオロウと話をしていたイーストンは、気安くその名を呼ぶ。
「俺も迷惑をかけた。詫びにこれをやる」
一応ちゃんと用事はあったようだ。
オオロウが差し出したのは一本の金棒だった。
「なんだこれ」
「〈アラスネ〉だ。俺には小さいがお前にはちょうどいいだろう」
差し出された金棒は、今レジーナが使っている物よりも少しだけ長くて太い。
レジーナはオオロウを睨みつけながら金棒を受け取り、握りを数度確かめてから軽く振り回す。
何度か振っていると、小さくつむじ風が起こってすぐに消える。
「なんだこれ」
「上手く振ると竜巻が生まれる」
「上手くってなんだ」
「上手くは上手くだ。上手く使え」
ほぼ問答になっていないようなやり取りだったが、レジーナは金棒自体は気に入ったようだった。
「〈ダイアラスネ〉と呼べば大きくなり、〈アラスネ〉と呼べばその大きさになる。〈ショウアラスネ〉と呼べばさらに縮む」
「あ? 意味わかんねぇ。でも貰っとく」
「オオロウ、ちょっと待って。これ、もしかして君の武器じゃないの?」
「そうだ」
当たり前のように頷いたオオロウに、イーストンは額を押さえる。
「いや、君の武器はどうするのさ」
「島へ帰ればあと七本ある」
量産品であったらしい。
まともに操れるものが他にいないからオオロウしか使っていないだけだ。
「あ、そう……ならいいけど。いや、どうなんだろう。相当古い時代の魔法の武器でしょ、これ」
「そうだ。俺は知らんが数千年前から伝わっている」
「まぁ、君がいいならいいけど」
随分と太っ腹な鬼である。
コリン辺りがこの話を聞いたら、また興奮しそうだ。
一方でハルカとユーリ、それに付き合っているトロウドは、土産物を障壁の上に並べて品のチェックをしていた。
トロウドは珍しいものに目を輝かせ、ハルカは美味しいものに目を輝かせ、ユーリはそんなハルカを見てご機嫌だ。
こちらはこちらで楽しそうだ。
そんな具合に準備を終えて、やがてハルカたちは〈北禅国〉を出発することになる。
行成たちに見送られ、また近い内に訪れることを心に決めながら、ハルカは青空へと障壁を浮かばせるのであった。





