おみやげ
「ありがとうございます、でも本当にこちらのことは気にせずゆっくり休んでください……!」
夕食時に行成たちに頭を下げて懇願されてしまった。
仕事の邪魔をしたわけではなく、むしろ大変助かったのだが、侍たちは恩人を復興作業に働かせることが許せなかったようだ。
「あ、いえ、その、手持無沙汰で……。折角なら働いてみようかなと思っただけなので、そんな頭なんか下げなくても……」
「はい、と言って下さるまで頭はあげません」
「あ……、はい」
そんなやり取りで働かないことを約束させられたハルカは、しゅんとしながら食事に手を付ける。
気持ちは落ち込んでいたが飯はうまい。
魚卵と粘り気のある昆布を和えた小鉢を口に運ぶと、僅かな酒精が香り、その後にあまじょっぱい味が口いっぱいに広がる。
ご飯を一杯食べ終えた時には、ハルカはすっかり気分良くなっていた。
仕事を禁じられてしまってできることは、庭で訓練することくらいだ。
ただし翌日からオオロウは仕事を手伝いに出ていくようになったので、訓練相手はしてもらえない。
当然のごとくハルカのいない隙にとノーレンも張り切って働いているせいで、こちらも相手をしてくれない。
ただ美味しい食事をいただき、いつもと変わらぬ数日を過ごすうちに、ハルカたちはふと気が付いた。
これなら、早く拠点へ戻った方がいいのではないかと。
そんなわけでマグナスがなくなってから数日したある日の朝、ハルカたちは行成の下を訪れて暇を告げることにしたのである。
行成は毎日忙しそうにしていた。
家臣団をまとめたり、民たちに声をかけに行ったりと、やることは尽きないようである。そんな間を縫ってハルカたちの食事の相手をしてくれていることも知っていたので、余計にいつまでもいるわけにはいかなかった。
「そろそろ私たちは拠点へ帰ろうかなと」
「……そうですよね、そろそろそんな時期だと思っておりました」
行成からすればハルカたちはいくらだってとどまってくれていい相手だ。
戦力をあてにするとかの話ではなく、単純に受けた恩に僅かでもいいから報いたいのだ。
もし帰ったとしても恩には報いるよう努力していくつもりだが、距離が離れてしまえばできることは限られてくる。
それでも、こんなところまで付き合ってくれたハルカたちを引き留める言葉も行成は持っていなかった。
「本当に、本当に、お世話になりました。北城行成、生涯受けた恩は忘れません。ハルカ殿はお嫌かもしれませんが、私たちにできることができれば何でも申し付けてください」
ハルカは曖昧に事を済ませようかとも思ったのだが、それを飲み込んで、言葉を選びながら答える。
「いつか私たちが困るようなことがあれば、手を貸していただけないかと声をかけるでしょう。これから、そんな風に互いに助け合ってやっていければと思います。私は冒険者のハルカ=ヤマギシとして、〈ノーマーシー〉を中心とした者たちの代表として、〈竜の庭〉の一員として、北城家の、〈北禅国〉の発展を心から願います。貿易の話などもあるかと思いますが、その辺りは統治が落ち着いてからにします。……遠くない未来に、また美味しい食事をいただきに来ますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「ありがとう、ございます。いらっしゃればいつでも歓待いたします」
行成は深く頭を下げてから、ふと、【神龍国朧】を思う巫女の顔を思い出す。
自分は戻ることができた。
ただ、彼女がこの国に戻るには、まだ少し時間がかかることだろう。
「それから、エニシ様にお伝えください。お世話になりました、必ず恩はお返ししますと」
「はい、喜ぶと思います」
良い感じに話が締まったように思われたその時、行成はさらに「もう一つ!」と続けて、部屋の奥にある襖をぴしゃっと開けて見せた。
「こちら、良かったらお持ち帰りください」
そこに並んでいたのは、米俵と干した海産物をまとめたもの。
それに漬物が壺ごとずらりと並んでいる。
ともに食事をしていた行成らが、ハルカの表情を見ながら好きそうなものを端から集めて回ったものだ。いつハルカたちが帰ると言ってもいいように準備は万端にしてあった。
「いいんですか……?」
思ったよりも反応は薄いようであったが、まぁ、当然かと思いつつ行成は「はい、もちろん」と頷く。
するとハルカがパッと満面の笑みを浮かべた。
これまで見たことないようなとてもとても緩めの嬉しそうな笑みだった。
「ありがとうございます、本当に嬉しいです」
「なんだその顔」
珍しくレジーナが呆れた顔で突っ込みを入れると、仲間もその後に続いた。
「……ママ、かわいい」
「ハルカー、ちょっと顔緩んでるよー?」
「すごく嬉しそうです……」
あちこちから突っ込みは入ったが、嬉しいものは仕方がない。
思わぬサプライズに喜ばないわけがなかった。
「あの、そんなに気に入っていただけたのでしたら、本当にいつでもいらしてください」
「はい、旬のものが食べられるように、できるだけ足を運ぶようにします」
「ははは、ありがとうございます」
流石にリップサービスだろうと行成は笑ったが、ハルカは半ば本気である。
特に用事がなければ十数日の旅行で〈北禅国〉の食事をいただきに来るのは全然悪いことではない。
まだ生魚とかは出てきていないのだが、自分のいない食卓にそれが出ていることをハルカは知っている。
どこかで刺身も、と思っていたのだが言い出せぬまま今日が来てしまったのだ。
「ま、たまに来てオオロウと手合わせするのも悪くねぇか」
アルベルトも、飯はともかく強い相手が必ずいる場所は貴重なので〈北禅国〉へ遊びに来ることは賛成のようだ。
落ち着けば、一度エニシに【神龍国朧】の空気を吸わせてやってもいいだろう。
なんにせよ、仲の良い勢力が増えてまた行動範囲が広がった。
知り合いが増えるほど問題ごとも舞い込んでくるかもしれないが、冒険者としては商売繁盛で案外丁度いいのかもしれない。
アマゾンで『私の心はおじさんである3巻』が予約開始しております。
表紙が素敵ですので是非見に行ってみてください……!





