一宿一飯のお仕事
ノーレンの言葉を受けてハルカは考える。
例えばノーレンが騙されやすい子だったとして、あるいはオオロウと同じく腕輪で操られていたとしたら、こんなに簡単には事は済まなかったのではないかと。
あと数日遅れていただけで、戦力が追加されたということになる。
ノーレンの強さがどんなものかわからないが、弱いということはないだろう。
「間に合わなくてよかったってなんだ?」
「いや、なんかこの人、ハルカさん? 戦ったらダメそうな雰囲気があるんだよね。あまりそうは見えないんだけど、どうやって勝ったらいいか分からないっていうか……、隙だらけなように見えるのに、変だなー……」
勝負勘のようなものも十分に備えているようだ。
ハルカのことを不審そうにじっと見つめている。
やがて理解することを諦めたのか、首をかしげてため息をついてから外を見る。
「それで、働いてきていいかな。ただ飯食べて帰ったら、父ちゃんに会った時怒られちゃうよ」
「クダンさんって、けっこうそういうところ厳しいんですね」
言われてみればなんとなくそんな感じはするハルカである。
恩も仇も倍にして返しそうだ。
「うん、お母さんの方が厳しいけど、ばれるとしたら父ちゃんだからね」
「それじゃあまぁ、一緒に働きに行きましょうか。私も丁度、ただでご飯を貰ってばかりと思っていましたし」
「ま、そうだな。重いもんでも運ぶ手伝いするか。身体強化の訓練になるし」
行成が聞けば、頼むから歓待させてくれと言うところだが、そうと決めたら動き出してしまうのがハルカたちである。
アルベルトまで同意してしまっては止まらなかった。
ぞろぞろと立ち上がるなか、ポツンと取り残されたのは気だるげにしているイーストンと、その場に共にいたオオロウである。
「……オオロウさんも手伝う?」
もし行かないというのなら、ここで一緒にのんびりしてようかなと問いかけてみるイーストン。手伝ってもいいのだが、真昼間なものだからどうしてもやる気が出ない。
オオロウは城内の建物を壊したのが自分であるという自覚がある。
大人しくしていてくれと言われたから黙っていたが、ハルカたちが手伝うのならと、こくりと頷いた。
「そうだな」
「あ、そう。じゃあ一緒に行こうか」
ちょっと残念にも思ったが、オオロウという鬼に対する認識が少しだけ深まる。
おそらくこの強い鬼は、ぶっきら棒なだけで単純で情の深い鬼なのだろうとイーストンは理解した。
「今回の件はさ、災難だったね」
「油断した俺が悪い。憎い奴ももう殺した。どうしようもない。それよりお前、強かったな。覚えているぞ」
「まさか、完全に力負けしてたでしょ」
「鬼と力比べをしてどうする」
「まぁ、そうだけど」
会話は途切れ途切れに続く。
ハルカたちの背中をのんびりと追いかけながら、オオロウがぽつりと言った。
「……気持ちの良い奴らだな」
「うん、そうなんだよね」
「お前もだ」
イーストンはちらりとオオロウを見てから、ハルカたちの背中を目を細めて見つめて小さく笑う。
「そうかもね」
城から出歩いて出会った人々は、オオロウのことを見るとぎょっとした顔をするが、それだけだった。特に操られている間に悪行をなしたということはないようで、怖がりながらもハルカたちが仕事の手伝いをしたいと伝えれば、忙しそうな現場を教えてくれる。
ハルカたちはその中でも特別力の必要な、木材の運搬に取り掛かっているらしい場所へ向かった。現場では手伝いに来たという急な異邦人に驚き訝しんだが、いざ働き出せば目を見張るしかなかった。
ハルカが障壁で入れ物を展開すれば、アルベルトたちがひょいひょいと用意された木材をそこへ投げ入れていくのだ。
本来ならば大木を数人がかりで汗をたらしながら引きずり、坂道を息を乱しながら運ばねばならぬ大仕事である。それがみるまに積み上げられていくのだから驚くに決まっていた。
「これ、全部お城に運べばいいんですよね?」
「そ、そうだが、そんなに積んで途中でひっくり返したりしたら大変だぞ……?」
「あ、大丈夫ですので」
ハルカは大量の材木を見上げ、障壁のそりに上から同じく障壁の蓋をする。
揺らしてもひっくり返ったり転がったりしない安全仕様だ。
道幅を考えれば、これくらいでやめとしとくのがいいだろう。
空を飛んでいけばもっとたくさん運べないことはないのだが、今の時点でも数日分の運搬になるし、一度に運んでも城内での加工が間に合わなくなるし。
後ろに木材をついてこさせながらの帰り道で、ノーレンは「うーん」と首をかしげていた。
「これさ、僕が働いたって感じじゃなくない?」
「食事代分くらい十分稼いだと思うけどなー」
コリンが脳内でそろばんをはじいて答えるが、ノーレンは納得いかないようだった。
「いや、ハルカさんが働きすぎなんだよね。もうちょっとこう、僕が派手に働いたってところを見せて、帰りの食事もいただく算段だったんだけど……これじゃあ要求しづらいなぁ」
ノーレンはそう言うが、働きを考えれば十分に数日の食事分くらいは稼いでいるはずだ。それほど遠慮せずにいいのではとハルカは思うのだが、本人は納得いってないらしい。
「なんかこれ、いつもの感じだ……。僕が頑張るぞって働こうとすると、父ちゃんとか父ちゃんの知り合いが居合わせて、いつも僕の手柄にならないんだ……」
なるほど、エリート冒険者の生まれのノーレンには、ノーレンなりの悩みがあるようであった。





