父ちゃん
ノーレンはがつがつとご飯を食べた。
意外なことに箸の使い方が上手で、勢いよく食べるのだけれど食べ方が汚いという印象は受けない。
お昼時も近かったので、ハルカたちも昼食を一緒に頂いていたのだが、手を止めて見入ってしまうほどの速さであった。
ようやく一息ついて、ノーレンはずずっと茶をすする。
ハルカは人のことを言えないのだが、大陸風の装備をしているのに、まるで【神龍国朧】で育ったような慣れ具合だった。
実は【鵬】からやってきたというのも嘘なのではないかと疑わしくなるくらいである。
「お箸の使い方が上手ですね」
同じく茶をすすりながら話を切り出すハルカ。
〈北禅国〉にいる間にハルカがやるべきことはもうほとんど残っていない。
皆が忙しそうに作業をしているのを見ると、心苦しくて何かしなければという気持ちは湧いてくるのだが、よそ者がうろついていると邪魔になるのも分かっている。
ノーレンの相手をするのは丁度いい時間つぶしになりそうであった。
「そうかな? お母さんがこっちの出身だから、たまに使うことがあったんだよね。あなたも上手だったよ」
ニコニコと相変わらず害のなさそうな快活な笑顔。
なぜこんなに素直で性格のよさそうな子がマグナスに呼ばれたのかが不思議だ。
「それにしても美味しかった。忙しそうだしお代は働いて返そうかな!」
「あ、いえ、ちょっと待ってくださいね」
腕まくりをして張り切っているノーレンを呼び止める。
よそ者の、ましてやマグナスとつながりがあったかもしれないノーレンを好き勝手にうろつかせるわけにはいかない。
そのためのハルカの監視である。
「あ、そっか。……マグナスって人、悪者だったんだっけ」
察しも悪いわけではないようだ。
バツの悪そうな顔をして座り込む。
「私は別に悪さをしに来たわけじゃないんだ。本当に依頼を貰ったからやってきただけなんだけど……。そうだよね、不安だよね。困ったな、今はお金はないんだけど」
「まぁ、少しお話をしましょう」
「うん、そうだね。そうするしかなさそうだ。何か聞きたいことはあるかな」
ノーレンはやはり姿勢正しく正座をしてハルカを見返す。
それでも畏まっているように見えないのは、快活な言動のせいだろう。
「では、なぜマグナスがあなたに指名依頼を出したかが知りたいです。それが分かれば少しは疑いが晴れますので」
「やっぱりそこかー……。うん、一応私はね、冒険者になってまだ日が浅いんだ。君たちも冒険者?」
「ええ、そうです」
「そうだよねー。北方? 南方?」
「主に北方大陸ですね」
「あ、そうなんだ。ダークエルフと褐色の肌の子がいるから南方の出身かと思ってたよ」
ポンポンと会話が進むため、ハルカは肝心のことが聞きだせない。
ただノーレン本人はおしゃべりをしているだけで、何かを誤魔化そうとしているわけではなさそうに見えた。
「いや、だからなんで指名依頼が来たかって聞いてんだろ。答えろよ」
アルベルトが軽い調子で尋ねると、ノーレンは「あ、ごめんごめん」と言って笑った。
「うん、実はね……、ん、ちょっと待ってね」
「だから何だよ」
「いや、いやいや、ちょっと待って、ね」
ぴたり言葉を止めたノーレンは、アルベルトが装備している大剣をまじまじと見てから「あー!」と大きな声を出した。
「なんだようるせぇな」
「それ! 〈貪狼〉! なんで君がそれ持ってんの!」
「あ、やらねぇからな。あんま見るな」
詰め寄ってくるノーレンに、アルベルトが勘違いをして剣を抱え込んで体をひねる。
「いや、やらないっていうか、それ父ちゃんの! なんで持ってるの! ずるい!!」
「父ちゃん……?」
「そう!」
〈貪狼〉がアルベルトの手に渡った経緯を覚えている者は、ノーレンの正体に気づいてそれぞれ「あー……」と声を漏らした。
なる程、それならばマグナスが指名依頼を出した理由にも納得だった。
「僕も昔から欲しいって言ってたのに! 絶対触らせてくれなかったのに! ずるいずるいずるいずるい」
「うるせぇ、まとわり付くな、あっち行け」
夢中になったノーレンは一人称が変わっていた。
相手をしているアルベルトだけが「なんだてめぇ」とか、言いながら一生懸命にノーレンから大剣〈貪狼〉を隠そうとしている。
「ずるい……」
どうしても触らせてもくれなそうなアルベルトに、ノーレンは諦めて元の場所に戻ってへたりと座り込む。
「……あの、クダンさんのお子さんでしたか?」
「うん……、知ってるよね、父ちゃんのこと。だってその子が〈貪狼〉持ってるんだもん」
「あ、はい。結構お世話になってます」
「そういうこと。僕の名前はノーレン=トゥホーク。父ちゃんが有名すぎるせいで、なんか逆にあまり依頼受けさせてもらえなくて……。ほら、父ちゃんって悪い噂もいっぱいあるから……。勝手に小国群で色々やったりしてたんだけど、それじゃなかなか級が上がらないんだよね。それで指名依頼が来たから、喜んでやってきたんだけど……」
しょんぼりとしているノーレンだけれど、クダンの娘となると年上疑惑もある。
この世界で実力のある人間というのは、見た目で年齢が分からないのが怖い。
ハルカが随分と昔の記憶をたどってみたところ、確かノクトが『クダンは子煩悩』と言っていた記憶がある。
その割には随分と放任しているようだが、大丈夫なのだろうか。
「……あの、クダンさんからマグナスのことは何も聞いてないんですか?」
「うん、聞いてない。もう一年くらいあってないしなー」
クダンもうろうろしているので、確かに普通に暮らしていても会える機会はあまりないのかもしれない。
「でもそっかー……。間に合ってたらあなたたちと戦わなきゃいけなかったって考えると……、うーん」
ノーレンはじっとハルカを見て口元に手を当てながら首をかしげる。
「間に合わなくてよかったような気がするね」





