怖くないよ
行成たちが兵士たちや侍たちに事情を説明している間に、鬼たちは一先ず島へ戻ることにしたようだった。子供たちを早く帰してやりたいし、島の防衛自体も不安がある。
いつまでも残っていて、また別勢力に襲われてはかなわない。
オオロウだけは島に残るようだが、これも別に仲間と気まずいからという理由ではなく、単純に〈北禅国〉での後始末が済んでいないからと考えるからだ。
せっかくここまで交流を持ったのだから、今後の関係についての話もしてから帰るという。
実のところ、〈北禅国〉もオオロウもハルカの世話になっているから、ハルカが来た時や、何か頼まれた時は協力して事に当たるという話が裏で進んでいる。その辺の話をしっかりと決めておくためにオオロウはここに残ることにしたのだが、ハルカはそのことを知らないし、知らされる予定もなかった。
オオロウはその辺の話もしっかりと仲間に共有しているのだが、そのことを知らないハルカは、オオロウだけ残ると聞いてちょっとだけ心配である。
「あの、皆さんとはお話しできていますか?」
「している。だから状況を伝えられる」
「あ、確かにそうですね……。……そうだ、折角ですし送っていきましょうか?」
「送る……?」
「空を飛んで行けます。船で帰るより早いですよ」
もしそれでオオロウの手柄でさっと帰ることができた、みたいになったらいいなぁという気持ちからの提案であるが、ハルカの能力をよく知らないオオロウからすると何を言っているのかよくわからない。
「ええとですね、こういった障壁に皆さんをのせて、島まで飛んでいくような感じです」
「……聞いてくる」
「はい」
オオロウは今のハルカの話を仲間たちに説明をしに行ったが、鬼たちはちらちらとハルカの方を見て首をかしげている。しばらくするとオオロウが戻ってきて言った。
「船があるからそれで帰るそうだ」
「あの、船ごと運びましょうか……?」
「船ごと運べるそうだが」
オオロウが振り返って言うと、鬼たちは慌てた様子でオオロウを手招きする。
そうして何事か話すと、またオオロウが戻ってきた。
「恐れ多いからいいそうだ。あいつら、お前が俺と真正面からやり合うのを見ていたからな。怖がってる」
「怖がってる……」
「空を飛ぶとかよくわからん。俺は怖くないが、あいつらが怖がるのもわかる。悪いな」
まさか世間から恐れられる鬼たちに怖がられるとは思わなかったハルカである。
思いもよらぬ正直な言葉に、勝手にダメージを受けて固まっていた。
「だが恩人には違いない。あいつらもお前のお陰で助かったことが分かっている。遠慮せずに遊びにこい」
「はい……、ありがとうございます」
そんなこと言われても、怖がってると言われたら遠慮せざるを得ない。
怖いことをしたつもりは全くないのに、どうしてこうなるのかと、ハルカはへにゃっと眉尻を下げて情けない顔をしていた。
「ママ、かわいいよ。大丈夫」
「ええと、はい、ありがとうございます」
ユーリが横からフォローしてくれたので、一応頭を撫でてお礼。
本当に初期の初期のころからユーリはハルカのことをかわいいと言い続けている。
ハルカとしてはものすごいプレイボーイになってしまうのではないかとちょっとだけ心配だ。
別のもっとマイルドな褒め方とかも覚えたほうがいいんじゃないかと思うけれど、自身がもてた経験があまりないので、何をどうアドバイスしていいのかわからない。
今度イーストンに聞いてみようと心に決めたハルカである。
屋敷にいても特にやることはないので、ハルカたちは鬼たちが港へ向かうのにのんびりと同行することにした。
国の人々と鬼たちが争いにならないように、今回は茂木も同行している。
城下町を抜け、畑を抜け、小さな丘をいくつか抜けていけばやがて港にたどり着く。
今回やってきたのは軍港ではなく、漁港。
鬼たちはそれぞれ手漕ぎの小さな舟をこいで、島からここまでやってきたのだ。
鬼たちが帰るための準備をして、いざ舟を海に運び始めた頃のことだ。
「なんか来てるぞ」
背の高いアルベルトが額に手を当てて日の光を遮りながら、海に向けて目を凝らす。少しずつ近づいてきたそれは、やがてハルカたちにも見えるようになった。
近づいてくるとその舟が何とも勢いよく水を切って進んでいることが分かる。
帆もなく櫂を漕いでいるのも見えるから、まず間違いなく人力だ。
鬼たちが近づいてくる場所を空けてやると、その舟は勢いに任せたまま砂浜にずさーっと乗り上げてきた。乗っているのは黒緑色の髪の毛を左右に結んだ少女。
船から降りる時に取り出したのは、身の丈を上回る大きな鎚。
それを軽々と背中に担ぐと、ぐるりと辺りを見渡して「あれ?」と言いながら首をかしげる。
「……あの、ここって〈北禅国〉だよね?」
「そうじゃな」
茂木が答えると、少女はほっとしたようにそちらへと歩み寄っていく。
「びっくりした。鬼がいっぱいいるから別のとこに来ちゃったかと思った。ええと、侍っぽいあなたは〈北禅国〉の人だよね?」
「いかにもそうじゃが」
「ああ、良かった。私二級冒険者のノーレン。ええっと……」
紙を取り出してにっこりと笑いながらノーレンと名乗った少女は言った。
「マグナスって人から依頼を受けて、はるばる大陸から雇われに来たのだけれど、案内を頼めないかな!」





