ご機嫌な朝食
手前には漬物の小皿も用意されていたが、ハルカはとりあえず米をそのまま食べてみる。パサつきがなく、噛めば優しく甘い味のする、昔からハルカが食べていた米とさほど変わらぬ味であった。
なんとなく懐かしさを感じながら、ぽつぽつとおかずに手をつけながら食事をすすめていく。半分ほど食べたあたりで、やけに静かだなと思い顔をあげると、行成含む〈北禅国〉の面々が嬉しそうに自分を見ていることに気が付いた。
「あ、美味しいです」
「お口に合ったようでよかったです」
「ハルカ、このつぶつぶしてるやつ、いつかも気に入ってたよね」
両手で箸を一本ずつ持って、魚をほぐしながらコリンが言う。
「そうですね。あれはもっとパサついている品種でしたが……」
「品種……?」
「ええっと……、このお米よりも細長くて水気が少なかったでしょう? 同じ穀物でもちょっとずつ味とか性質が違ったりするんです。私はここの米が一番好きですね。味付けもちょうどいいですし……」
特に意識して言っているわけではない素直なべた褒めに、〈北禅国〉の面々はにこにこだ。そりゃあ恩人に自分たちの国の食事をこれだけ絶賛してもらえればうれしくないわけがない。
そんな話をしている間にも、使い方が分からず上手く食べられていないのは、アルベルトやトロウドも同じであった。
レジーナはそうそうに諦めて、器を片手に、箸を鷲掴み、掻き込むようにして食事をすすめていた。
モンタナは他の面々の使い方を見て、上手く真似ができているようである。
ユーリもぎこちないながらも、ゆっくりと食事をすることができている。
ハルカを除く仲間内で一番箸の使い方が上手かったのはイーストンであった。
幾度か【神龍国朧】にやってきた経験が活きているようである。
「んん……」
魚をほぐし終えたコリンが、漬物を口に入れて微妙な顔をする。
塩辛かったのだろう。
大門が説明をしようか迷っている間に、ハルカが横から声をかける。
「それは単体だと塩辛いので、お米と一緒に食べるといいですよ」
「そうなんだ、ふーん……?」
大陸の料理は、主に一品で完結しているものが多い。
主食を食べて、おかずを口に含むような食べ方は割と珍しいのだ。
「パンにスープをつけたりするでしょう。それと似たようなものだと考えてもらえれば」
「あ、なるほどねー。ちょっと分かったかも。これ全部、白いつぶつぶ……お米を食べるための料理なんだ」
「はい、そういうことです」
やたらと自分たちの文化の食事に詳しいハルカは、行成たちから見てかなり不思議であったけれど、嫌な気持ちはこれっぽちもしない。むしろ何となく誇らしいような気分であった。
「ハルカ殿は……、【神龍国朧】にやってきたことがあるのでしょうか?」
「そういえば……ハルカ殿のお名前は、我々と近い響きですな」
行成が尋ねれば、茂木もそれに続いて不思議そうな顔をする。
「あ、いえ、初めて来ました。ええと……、まあ、その、色々とありまして」
記憶喪失が云々と説明すると、また余計に気を使わせてしまう。
何とか曖昧に誤魔化せないかというハルカの魂胆は、成功したようであった。
「ハルカ殿、御代わりはどうだろう? 気に入って下さったのなら心行くまで楽しんでもらいたい」
話したくないことなのだと的確に察した大門は、素早く話題を切り替える。
ちょうど茶碗が空になったばかりのハルカは、相手方から話を切り出してくれたことをうれしく思っていた。
久しぶりの米が嬉しくて、ついついおかずがたくさん残ってしまっていたのだ。
「そういうことでしたら、是非」
堅い話もあるかもと言われてやってきた朝食の場であったが、意外なほど和やかな時間が過ぎていく。
ハルカが食事を気に入ったのを見て、行成たちが〈北禅国〉で食べられるものを色々と解説してくれたのだ。以前から山の幸海の幸が豊富であることは聞いていたが、旬の食べ物の話なんかをされてしまうと、どれも気になって仕方がない。
「もし情勢が落ち着いたら、季節ごとに訪れて、その時の旬のものをいただきたいですね……」
「ははは、世辞がうまいですなぁ。これほど褒めていただけるとこちらも張り切ってしまうというものです。のう、行成様」
「そうですね。いつでも遠慮なくいらしてください。皆さんには恩ばかりがありますから」
ハルカのリップサービスだとばかり思っている二人の言葉に、コリンは右手をブンブンと振る。
「あ、これお世辞じゃなくて本音だと思います。ハルカ、美味しいものがすごく好きなので」
「なんか旅に出てる時も、色んなとこの美味いもの食べるためにうろついてる感じするもんな」
「屋台があるとそっちばかり見てるです」
「……いえ、そこまでじゃないと思いますよ? 確かに美味しいものは好きですが」
散々絶賛して嬉しそうに〈北禅国〉の食事情を聞いた後だとかなり苦しい言い訳だ。
「僕も食べてみたい。ママ、また一緒に来よ?」
「……そうですね、楽しみですよね」
ものすごい食いしん坊のようで恥ずかしく思っていたのだが、ユーリに可愛くおねだりされては頷かざるを得ない。
実際はユーリが意図的に助け舟を出してくれたのに、まんまと乗せられただけであるが、とにかく話は丸く収まったので、今日のところはこれでいいのである。





