難しい立ち回り
ハルカは今自分にできることを考えていた。
例えば鬼たちを島まで送っていくことはできる。
倒壊した城内の建物の再建のための資材を用意してほしいと頼まれれば、材木を運んでくることもできるだろう。
ただ、政治的な話に混ぜ込まれても、さっぱり役に立たないことは確かであった。
ハルカがここに来た目的は二つ。
行成が国を奪還するための手伝いと、マグナスの討伐である。
目的が果たされてしまった今、何かを能動的にする場面は過ぎてしまっていたのである。だから、口を出さずに静かに成り行きを見守っている。
決してさぼっているわけではないのだけれど、皆が真剣な顔で深刻そうに話し合っているのを見ていると、なぜだかそんな気分になってきてしまい肩身が狭かった。
行成はまず、自身がいなかった間の〈北禅国〉のことを尋ねる。
答えたのは操られながらも記憶を持っていた茂木老人であった。
どうやらマグナスの統治は悪いものではなかったらしく、〈北禅国〉の古くから変わらなかった部分を次々と指摘し改善していたのだとか。そのまま流用していった方が良い部分も多数あるそうで、政治家としては一流であっただろうことがうかがえる。
ハルカはマグナスが治めていた公爵領のことを思い出していた。
あの街には若干窮屈な雰囲気があったけれど、それ以上に随分と栄えていた。
マグナスがくる以前のあの街のことをハルカは知らない。ただ、首都である〈ネアクア〉から見れば、あの街の辺りは完全に辺境であるはずだった。
もしかするとマグナスがその辣腕を振るってあそこまで発展させたということも十分に考えられる。
北禅国の残った侍たちは、一時はマグナスに対して反乱を起こそうとたくらんでいたそうだ。しかしマグナスは茂木家の兵たちを巧みに操り、また、茂木自身も作戦の指揮を取るような形でそれを制圧していった。
北城行連から地位を簒奪したという事実を隠し、温情のある裁定によって各家を取り込んでいき、確実に〈北禅国〉が発展するための政策をとる。
なんならば、行成はマグナスのプロパガンダにより、行連を殺して地位を簒奪しようとした悪人として名を広げられてしまっていたそうだ。それに重臣であった茂木が従うものだから、疑いを持っていながらも侍たちによる反乱の士気は上がらない。
現在のヘイトはマグナスに、というより茂木に集中しているのだそうだ。
結局のところ、マグナスはやはりうまくやっていたのだ。
もし行成がハルカたちを連れずに帰還していれば、反逆者として不名誉で悲劇的な結末をたどった可能性が非常に高かっただろう。
聞けば聞くほど今後の政治方針が不安になる話であった。
ついでに、ハルカにはどうすることもできないのも、また辛いところである。
オオロウの方の話は知っての通り。
方針を決める前にと、今度は行成が〈北禅国〉を離れてからのことを語り始める。
難破していたところをハルカたちに拾われたこと。
酷い怪我を治してもらったこと。
【ディセント王国】に縁を繋いでもらい、ここまで空を飛んで戻ってきたこと。
行成はハルカが〈混沌領〉の大部分の王であることに関しては明かさなかったけれど、その東端に〈ノーマーシー〉という街があることや、そこもハルカたちの拠点の一つであることは話していく。
何かが一つ明かされるごとに、茂木の目が信じられないものを見るかのように、ハルカの方へと向けられる。
そして理路整然と説明する行成の姿を見て、その苦労と成長を悟り、茂木は目に涙を浮かべていた。
話が一段落したところで、茂木は地面に正座をするとくるりとハルカの方へと向き直り、額を地面にこすりつける。
「……これほどまでに世話になった御仁とはつゆ知らず、操られていたとはいえ刀を向けたこと、伏してお詫び申し上げまする。処分のほどは如何様にも……」
来ると思っていた。
しかし侍の習性をやや理解し始めていたハルカは、それを避けることができないことも分かっていた。
だからこそ頭を下げ切ったところで、咳ばらいを一つして話し始める。
「顔を上げてください。そんな話をするのであれば、元をたどればマグナスがこちらまでやってきたところまで、責任をさかのぼらなければなりません」
「あんなものに騙され、腕輪をつけられたのは儂の不覚」
「ですから、もうやめましょう。責任の所在を明らかにする場ではないはずです。私は北城行成さんが〈北禅国〉に戻り、立派にこの国を治めることを望んでいます。茂木さんはそのために必要不可欠な存在なはずです。行成さん、違いますか?」
話しながら偉そうだなと思う。
それでもたぶん、茂木にはそう言ってくれる相手が必要なのだ。
行成たちがハルカに感じている恩の大きさを考えれば、懐が深いようにふるまい、それに甘えられる環境を作ってあげることこそが大切なのだ。
内心では威厳のある茂木のような老人に頭を下げさせていることで、胃がきりきりと締め付けられる思いであるけれど。
「ハルカ殿のおっしゃる通りです。責任を取れという方が、爺にとってはすっきりするのだろう。しかし、厳しいことを言わせてほしい。茂木の爺には一度すべてを忘れて、私の横でその腕を存分に振るってほしいのだ。これからの〈北禅国〉のために。そして私のために。これは大門も、お前たちもみな一緒だ。二度と同じようなことが起きぬよう、心を一つにして〈北禅国〉を立て直そうではないか」
行成が立派に言葉を引き継いでくれたことにハルカはほっとする。
『いや、茂木の爺は死んで詫びるべき』とか言われたら、口から内臓が飛び出すところだった。
そんなハルカの心はつゆ知らず、北城家一行の涙ながらの同意の声が上がる。
北城行成による〈北禅国〉統治が始まろうとしていた。





