現場検証
ぼろぼろになった城内の建物をたどるようにして戻れば、行成たちが困ったように障壁の上で待機していた。
飛び降りるには少々高すぎるうえ、下には破壊された建物の残りが散らばっており、非常に足場が悪い。下手をしたら釘などで足を痛める可能性もあるだろう。
ハルカは慌てて謝罪をしながら一行を地面まで下ろす。
それから全員でマグナスの亡骸があるあたりを確認しに行ったが、原型をとどめていない体で、それが本当に本人であるのか確認することは難しかった。
「前は影武者で逃げられてるから不安はあるよねー」
「……おそらく本物じゃろうな。どうであるか、オオロウ殿」
「そうだな、本物だろう」
コリンの言葉に対して、操られていた茂木老人とオオロウが意見する。
「どうして?」
「……ずっとあの男と共に行動しておったからな。オオロウ殿が加わってからは、別部屋が設けられたが。腕輪をつけられた後の記憶も全てあるのが忌々しい……」
茂木老人が歯噛みすると、オオロウも後に続く。
「最初から最後まで、ずっとあの男しか知らん。あの男がマグナスでないのなら、俺はマグナスを見たことがない」
「そもそも逃げてやってきた場所だったから、影武者なんて用意する暇なかったんじゃない?」
「普通に考えればそうですよね……。でも逃げた先でこれだけの被害を出していることを思うと、どうしても疑ってしまいます……」
イーストンの意見ももっともであったが、それでも疑ってしまうのは、ハルカにはマグナスと言う人物に対する負の信頼があるからだ。
悩んでいると、アルベルトが縛られている二人を指さして言った。
「そいつらに聞けば?」
「あ」
モンタナがこくこくと頷く。
色々と考えなければいけないことが多すぎて、せっかくのモンタナの特技をすっかり頭の中から失念していたハルカである。
ハルカは改めて二人の前に立って尋ねる。
「……どうですか。マグナスは影武者を用意していましたか?」
「そこのやつの言う通りだ。逃げだせたのは俺たちを含めて五人。うち二人は海を渡る途中で病気にかかり、命を落とした」
「何か、嘘ついてるです?」
モンタナが尋ねると、女の方が言葉を引き継ぐ。
「正しくは、途中で体調を崩したものを海に捨ててここまでたどり着いた、だ。食料、飲料を考えれば、どこかの島にたどり着くまで持つかわからなかった。病を移されても困る。マグナス様の指示で、私たちが海に捨てた」
モンタナが納得して頷いたところでハルカがさらに質問を続ける。
「では、ここで死んだマグナスは本人であったと?」
「……こんなになっちゃったら分からないけれどね。でも多分そうなんじゃないの。マグナス様がここを乗っ取った後、一番に警戒していたのがあんたみたいな、無茶苦茶な力を持った存在だ。それに対応し得る戦力を手に入れるためにオオロウのもとを訪れた。まさか本人がこんなに早くやってくるとまでは想定していなかっただろうけどね。来るとしても竜を引き連れてくるとばかり思っていたみたいだよ」
ペラペラと事情を語るのは、命乞いのようにも思えてしまう。
しかし彼女の表情は暗く、すっかり投げやりな調子で助かろうという意思のようなものは感じなかった。
「ハルカ殿、私たちはマグナスが外へ出て行くところを見ました。オオロウ殿の暴れぶりを想定しきれていなかったのでしょう。崩れる建物から出てくるところを後ろから射ました。肩に一射。振り返ったところを、ふくらはぎに一射。咄嗟に叫んでお知らせしたのですが、オオロウ殿の声が大きく、かき消されてしまったようで……」
行成の語りに、ハルカたちは顔を見合わせる。
疑いようがない、とまでは言えないけれど、がれきの染みとなったこれがマグナスである可能性は非常に高そうだ。
「……そうですか」
呆気ない。
心にはそう思ってしまったが、被害を考えればそんな言葉はハルカの口からは出てこなかった。
これで行成は国へ戻ることができた。
エリザヴェータだって安心することだろう。
しかしあの男はこれまでたくさんの命を奪ってきたのだ。
たくさんの人を不幸にしてきたのだ。
そういう意味で、なんだか逃げられてしまったような気がして、ハルカはつい、深いため息をついてしまったのであった。
すっかり夜である。
破壊音に驚き集まってきた〈北禅国〉の者たちを家へ帰したのは茂木であった。
こんな暗い中でやいのやいのやっても何も話が進まない。
すべての報告は、明日明るくなってからにすればよい。
だからこそ、国のかじ取りをする者たちは、今日のうちに色々と決めておかなければならぬことがあった。
円を作って話し合うのは三つのグループ。
一つは行成および〈北禅国〉の侍たち。
もう一つはオオロウ率いる鬼たちの一座。
そしてハルカと仲間たちだ。
ついでに縛られたマグナスの護衛二人もその場にいるが、どちらも目を閉じて大人しく座っているだけで、何かするでも言葉を発するでもない。
ハルカは内心で話を振られないことを祈りながらも、皆の手前、一応凛々しい表情を作ってドンと構えて話し合いが始まるのを待つことにしたのであった。