それぞれの後始末
オオロウの吼えるような泣き声が突然ピタリとやんだ。
そうしてどこかへ向けて行く先にある建物を壊しながらまっすぐに走り出した。
城を拠点とする予定の行成からすれば、とんでもない蛮行であるのだが、今はそれどころではない。
「追いかけます!」
何をしでかすかわからないオオロウのあとを、ハルカは空を飛んで追いかける。
仲間たちも同じく走りだしたが、なにぶんオオロウが家屋を破壊しながら進んだ先は足元が非常に悪い。
真っ先に追いついたハルカが上空からオオロウに向けて叫ぶ。
「どこへ向かっているのですか!」
オオロウは応えない。
必死の形相でいくつかの家屋を破壊してたどり着いた先から、半円型の武器が飛んでくる。オオロウは避けることもなく体でそれを受け止めて進んだが、突然ぴたりと足の動きを止めた。
そこには筋骨隆々の男と、黒髪で浅黒い肌をした女が、地下へ続く扉を背中にして立っている。
以前ハルカがマグナスの城を訪れた時にもいた、護衛の二人であった。
男の腕には鬼の子供が抱かれており、オオロウはそれをじっと見つめている。
「返せ!!」
怒りのこもった声は、びりびりと大気を揺らす。
オオロウは人質に取られた子供たちを取り戻すべく、ここまでまっすぐに走ってきたのだ。
オオロウの登場があまりに派手であったおかげか、護衛の二人は空に浮かんでいるハルカの存在にまだ気が付いていないようだ。ハルカはこっそりと二人の背後にある扉を塞ぐように障壁をはった。
そうして音を出さないように、そっと大回りしてオオロウとにらみ合っている二人組の背後へまわる。不意打ちをして鬼の子供を取り戻すつもりだった。
「腕輪が……、ないな。マグナス様はどうした」
「殺した!」
オオロウは正直だった。
子供を人質に取られているというのに、彼らの主が死んだことを馬鹿正直に宣言する。
男の腕にぐっと力が入った。
まずいと思いハルカが慌てて距離を詰めると、女の方が男の肩をポンと叩いた。
「それなら、もうやめよう」
「しかし!」
「終わりだ!」
男の反論をかき消すような女の声。
ハルカはいつでも動けるようにすぐ後ろで浮いていたが、男はやがてゆっくりとしゃがみ込むと、鬼の子供から手を放した。
子供はオオロウの方へとまっすぐ走っていき、その足にぎゅっとしがみつく。
男はその場でどっかりと座り込むと「終わりか……」と呟いた。
女の方が振り返りながらオオロウへ言う。
「他の子たちもこの中に、うわぁあ!」
そうして真後ろに浮いているハルカに気が付いて、驚いて飛びのいた。誰もいないと思っていた空中にぷかぷかと人が浮いているのだから驚くのも無理はない。
しかもよく見てみれば、以前に一方的に自分たちを打ち破ったダークエルフであると分かり、女は顔をひきつらせながらごくりと唾を飲んだ。
「……そうか、あんた、こんなところまで来たんだな。マグナス様を殺しに来たのか」
「……そうです」
「本当に死んだんだな」
「はい」
「そうか」
女もその場に座り込み、空を見上げながら「終わりだな」と呟く。
遥か海の先までマグナスに付き従ってきたというのに、やけにあっさりとした諦めであった。
そこへアルベルトたちが追い付いてきて、ピタリと足を止める。
オオロウは鬼の子供を抱き上げると、座り込んでいる男女を警戒しながら扉まで近づいてきてハルカを一瞥。バツの悪そうな顔をしてから鍵のかかっている扉を力ずくで壊して開けた。
「どうなってんだよ」
「……人質となっていた鬼の子供たちがここにいるようです」
「そいつらは」
「マグナスの部下かと」
アルベルトの目が剣呑なものになるが、二人はその場に座り込んだだけで何もかもを諦めたような様子だった。
「でも、もう戦うつもりはないようです。人質も自主的に解放しました」
「……ふーん」
「一応拘束しておいたら?」
イーストンの提案に従って、ハルカたちは二人を後ろ手に縛る。
その間も二人は一切抵抗をすることはなく、されるがままであった。
身をかがめて扉の中へと消えていったオオロウが、十数名の子供たちを引き連れて外へ出てくる。最初に抱き着いた子以外は、なぜだかオオロウのことを怖がっているようで、びくびくとして少し離れて歩いていた。
全員が出てくる頃には別の鬼たちも追いついてきていて、それを見つけた子供たちはオオロウの下から離れて、一斉にそちらへと駆けていく。
全員が離れたところでオオロウがハルカたちの方を見ながら頭を下げた。
「悪かった」
おそらく暴れたことへの謝罪だろう。
続けてこれもまた短く言う。
「助かった」
これはハルカが腕輪を破壊したことへの礼なのだろう。
それからオオロウは子供たちと抱き合って喜ぶ鬼たちを見て、眉尻を情けなく下げた。色々と思うところがあるのだろう。今にもまた泣き出してしまいそうな表情であった。
「……色々あったようですから、少し話をしましょうか。互いの状況を知るためにも、気持ちを落ち着けるためにも、それが必要だと思います」
「恩人がそう言うのならばそうしよう」
ハルカの提案にオオロウは相変わらず途方に暮れたような顔のまま、ゆっくりと首肯するのであった。
新作として書いてた「転生爺のいんちき帝王学」10万字超えました。
作者名から飛んで読んでいただけたらめちゃ嬉しいです!





