オオロウ攻略戦
「おい、さっきの本気か?」
抜け出してきたイーストンにレジーナが尋ねる。
「当たり前でしょ。向こうは片手で振り回しただけだけどね」
「まじかよ、打ち合わない方がいいな」
喋っている最中に、モンタナが剣を前に突き出す。
魔素で作った不可視の剣が伸び、オオロウの左目をついた。
本当に遠慮なしの不意の一撃である。
流石に眼球に一撃食らったオオロウは、うめき声をあげて片手で目を覆ったが、同時に右手に持った金棒〈ダイアラスネ〉を振り回し、あちこちに竜巻を起こす。
「くそ!」
「大将、勘弁してくれ!」
竜巻は地面をえぐり、土とがれきを巻き上げながら城を破壊して移動していく。
近くに控えていた鬼たちまでが文句を言いながら逃げ回る始末である。
ここをチャンスと距離を詰めていた四人だったが、竜巻をよけ、元々家があったあたりに足を踏み入れたところで、オオロウが両手で金棒を構えた。
「噓だろ、おい!」
オオロウの両目ははっきりと見開かれ、左目側が傷ついている様子もない。
アルベルトが思わず叫んだが、実際に眼球の攻撃に成功したモンタナは、声は発さずとももっと驚いていた。
全体的に左目側方面に展開していた四人は、両手で振り上げられた金棒の威容に、その場にとどまることの危険を悟る。
「障壁張ります!」
ハルカの上空からのサポートの声。
両手でバットを振るように迫ってきた金棒は、一瞬障壁をたわませて、ドバンとそれを突き破ってきた。
ただその一瞬が、アルベルトたちの退避を成功させる。
発生した竜巻に巻き込まれぬように五人が距離を詰めていく間に、ハルカは上空からオオロウの頭に向けて飛び降りていく。
その両手には巨人の拳のような岩の塊をつけ、振りかぶり、そのまま頭部に向けて振り下ろす。先ほどの眼球への攻撃を見る限り、オオロウは圧倒的な丈夫さを持っている。岩で殴ったくらいでは死に至らないであろうとハルカは確信していた。
上空からの攻撃に気づいたオオロウは、首を少し下に下げてためを作り、岩が当たる瞬間にグンと顔を跳ね上げる。逃げる、避けるという意思はかけらもなかった。
額から天に向かって伸びた二本の鋭い角が刺さり、そこを起点に岩が粉砕される。
オオロウはそれでもぐらりとよろめくことすらしなかった。
島の鬼たちの語った言葉は大げさではなく、オオロウは正に規格外の丈夫さを持っていた。
ハルカは岩を粉砕されたことで行動をやめたりしない。
もともと目的はオオロウの腕に着いた腕輪を引きちぎることだ。
右手首にそれがあるのは確認済みである。
落ちていきながら腕輪に手を伸ばすハルカ。
指さえひっかけてしまえば破壊までは時間の問題だ。
しかし、オオロウの右腕は金棒から放され、クンと動きハルカの手から遠ざかる。
攻撃を受け止めることに躊躇のないオオロウであるはずなのに、ハルカが腕輪を狙っているのを悟り、明確に避けるような形であった。
直後オオロウの左腕が唸り、金棒の根元が落下中のハルカの体を捉える。
インパクトの瞬間、一瞬だけハルカは体の動きが停止したような感覚を覚えた。
直後景色が吹き飛び何かを巻き込みながら体が吹き飛んでいくのを感じる。
ハルカは咄嗟の判断で飛んでいく先に薄く柔らかな障壁をいくつも張り、数枚の障壁を破ることで身体を受け止めることに何とか成功した。
立ち上がったハルカの背中には、数人の鬼が倒れていたが、彼らは意識は失えど呼吸はしている。
ハルカは彼らを捨て置いて、すぐさま空を飛んでオオロウの下へ戻る。
あれは駄目だ。
ハルカはオオロウに対して、何度か目の前に立ったことのある特級冒険者のような凄みを感じていた。
とにかく腕輪を落とさなければならない。
ハルカは続けて遠距離から腕を狙って風の刃を放つ。
大木であろうが鉄の棒であろうが、十分に切断し得るほどに勢いをつけて放った魔法であった。
動いているオオロウに対して、的確に風の魔法をあてるのは困難だ。
別の場所に当たったらすぐに治すつもりで、予備の風の刃も複数本放つ。
イーストンたちは懸命に距離を詰めようとばらけて動いているが、オオロウは同じ場所に立ち続けたまま、金棒を振り回し、竜巻を発生させてそれをしのぐ。戦闘経験が豊富なのか、近づいたものを的確に迎撃する動きは見事の一言であった。
飛び散るがれきによって、アルベルトたちの肌は傷つき、少しずつ血が流れていく。確実に体力を消耗させる嫌らしい戦い方だ。
魔法を放ったハルカの方にも竜巻が迫っていたが、ハルカの魔法はそれを突き抜けてついにオオロウの体に接触し――肌を切り裂いた。
血が噴き出す、と言うほどではない。
切り傷からジワリと血がにじむ程度の傷である。
それでも驚きはあったようで、オオロウはハルカの方を振り返る。
その隙に、モンタナは左手の鞘で飛んでくるがれきを払いながら、右手の剣を再び突き出す。
先ほどの目突きは、怪我はなかったとはいえ痛みは確かにあったようだ。
目にゴミが入った程度の影響はあるはずだ。
戦場でそれだけの隙を作れる攻撃は、十分に有効打であると言える。
再びオオロウが痛みに目を閉じるが、今度は片手で押さえるような隙は晒さない。
ハルカを睨むのをやめて右目だけで戦場を把握しようと首をひねる。
「いいね、モンタナ」
戦場でかき消されるほどの声で呟いたのはイーストンだった。
肌から流れた血を腕を振り、霧散させ、そこに魔素を込める。
血液は霧状になって竜巻の間を縫い、オオロウの目元に張り付く。
イーストンが夜だからこそ使える、吸血鬼特有の血液の操作術である。
霧状の血液をゆっくりと吸わせることができれば、意識を惑わすことすらできるが、それには少しばかり時間がかかる。
モンタナの一撃に応えたイーストンの行動は、オオロウの視界を一時的に奪い取ることに成功した。僅かな血液で、物理的に視界を覆えるのはせいぜい数秒。
その数秒は、仲間の次の行動につなげるためには、十分な猶予であった。





